「風の便り 」(第127号)

発行日:平成22年7月
発行者 三浦清一郎

没落の分岐点
週間点検チェックリスト
* 数字はそのまま評価点です。
* 1週間を基準とした高齢者の生活で5つのチェック項目の合計点を評価してみて下さい。10点は没落の分岐点です。万一、10点を下回っていたら急速に老化が進みます。ご注意下さい!!

I 生活の自律・自立度

4・・日常の家事はなにごとも自分できます。半分以上は自分でしています。
3・・やろうと思えば、日常の家事は大体自分でできます。半分まではいかないが自分でするようにしています。
2・・あまりできないが、自分でするように務めている過程にあります。
1・・ほとんどできません。自分でするように心がけなければならないと思っているところです。
-1・・ほとんどできません。今のところ自分でしようとは思っていません。

II 読み書きそろばん話し合い

4・・毎日会話し、読み書きを続けています。
3・・週の半分くらいは会話や読み書きを意識して実行しています。
2・・そういう機会を探しているが中々実行できていません。
1・・ほとんどやっていません。実行する機会も意識して探してはいません。
-1・・読むことも話すことも書くことも嫌いです。

III 肉体の維持・鍛錬を意識した体操を励行していますか?

4・・毎日身体を動かし、体操もして筋肉、筋、間接などが固定しないよう心がけています。
3・・週の半分ぐらいは意識的に身体を動かし、体操もしています。
2・・日常の家事以外運動は週1回程度です
1・・意識的に運動はしていません。

IV 社交と活動(労働)への参加

4・・定期的に仲間に会い、定例的な活動も行っています。
3・・時々は仲間に会い、気が向けば各種の活動にも参加します。
2・・たまにしか外に出ることはありません。行き来している仲間も決まっていません。
1・・特別のことがある場合以外は社交にも活動にも参加することはありません。
-1・・活動も社交も好きではなく、人付きいはしていません。

V 目標はあるか、目的に向かって生きているか

4・・1ヶ月先、半年先、1年先など近未来の目標があり、目的を持って生きています。
3・・目的を持って生きていますが、当面の具体的な目標はありません。
2・・その時々の興味と関心に対応して生きていますが、明確な目標はありません。
1・・目標とか目的とか意識したことはありません。

I 生涯現役の構成要因

生涯現役の処方は「読み書き、体操、ボランティア」です。どの一つを怠っても「現役」は貫徹できません。「現役」とは「現に今」、社会的な「役割・役目」を果たしているという意味ですから最後のボランティアは最も重要です。年をとってもお元気を保っているのは「生涯健康」、熟年が趣味の活動に楽しみを見出しているのは「生涯活動」、社会を支えるボランティアのような活動に参加していることこそ生涯現役です。それゆえ、生涯健康と生涯活動は生涯現役の前提条件です。
「読み書き」は頭脳のトレーニング、「体操」は肉体の維持・鍛錬、「ボランティア」は社会貢献・社会参画がもたらす総合的な居甲斐とやり甲斐の創造過程を意味します。生涯現役もまた人生の「生き甲斐」を切望するという点で他のあらゆる人生と原理的に変わるところはありません。ここで「総合的」とは頭脳も肉体も精神も感情も人間の諸器官を総動員した活動を前提としています。したがって、「読み書き」と「体操」はボランティアを通して社会に参画する日のための日常の「準備運動」になることをイメージしています。また、居甲斐とは「あなたを取り巻く好意的な人間関係」の中の交流や社交を意味します。居甲斐とは「ここに居る甲斐」、すなわち皆さんにお逢いできてよかったという実感のある人々とのお付き合いを意味しています。一方、「やり甲斐」は日々の活動が原点です。活動の楽しさ、自分の能力を発揮することの快感:「機能快」、活動成果の確認などが「やり甲斐」を構成する要因です。

II 生涯現役の処方-点検の視点

上記の処方は本人の自律と自立を前提としています。自分のことは自分で決め、決めたことは基本的に自分で実行するということが自律であり、自立です。評価法は4点満点です。
4点は「良くできている」、3点は「まあできている方だ」、2点は「どちらかというとできていない」、1点は「全くできていない」です。-1点は「やる気がない」場合です。平均3点以上は合格、2点以下は不合格です。平均点が2点以下の場合、加齢とともに一気に心身の機能の衰えが加速することになります。重々お気をつけ下さい。

1 生活の自律・自立度

炊事も洗濯も掃除も身の回りのできることは全て自分でする態度を保っているでしょうか?生活の自立は構想力と実践力の総合です。自律的生活には人間能力のすべてが総動員され、共同生活においては段取りと思いやりが基本です。(男女共同参画の視点から男性には特に重要な視点です。)

2 読み書きそろばん話し合い

読み書きとは古人が重んじた「読み書きそろばん」に「会話」を加えた脳の働きを重視するという意味です。もちろん、人間の言語活動の全体を代表して使っているので、日常の会話、他者とのコミュニケーションを含んでいます。簡単にいえば、高齢者の絶えざる「脳トレ」です。
「生きる力」の基礎は「体力」、土台は「耐性(がまんする力)」ですが、高齢者に体力と耐性のトレーニングを命じるのは本人の頭(精神)です。高齢者の頭が耄碌し精神力が衰退すれば自己トレーニングの重要性の自覚と実践への意志力を失います。それゆえ、高齢者にとって、最も重要なのは意識と意志力です。生きる力の基礎(体力)と土台(耐性)は高齢者の意志が守るのです。読み書きは頭脳のトレーニングですが、頭を鍛えるのは意志と精神力を維持するためです。
会話は毎日していますか。新聞、雑誌、小説その他毎日何かを読む習慣を持ち続けていますか?日記。はがき、手紙、俳句、詩歌その他何かを書き続けるということを意識して実行していますか?脳のトレーニングの研究では、対話や音読が脳の基幹部分の「前頭葉連合野」にとって効果的であることが証明されています。

3 肉体の維持・鍛錬を意識した体操を励行していますか?

子どもの頃に習ったラジオ体操が一つの基本です。体全体をほぐす、血行を良くする、バランスを試す、柔軟性を保つことなどを意識して個々の筋肉を動かし、関節を動かし、筋を延ばし、跳んだり、曲げたり、かがんだり、伸びたり身体のあらゆる部分を動かすように運動して下さい。スポーツや労働はもちろん身体を動かし、内蔵や心肺機能を鍛えることも重要です。その際、基本の体操は馴らし運動であり、準備運動です。日常の怪我や事故を防ぐためにも念入りに繰り返し行なう準備・整理運動が大切です。使わない機能は使えなくなります(廃用症候群)。ほどほどの「負荷」をかけて使い続けることが大切です(生理学者ルーの3原則)。

4 「自分のためのボランティア」
「やり甲斐」の追求-活動の創造・活動への参加

高齢者にとって一番大事なのは日常における活動の摸索-「やり甲斐」の追求です。活動は体力から精神力まで人々の諸機能を総動員します。廃用症候群の原理に照らしても、「使わない機能は衰える」ということですから、活動している人はお元気を保つことができるのです。高齢者の方々は元気だから活動しているのではありません。活動しているからお元気を保っているのです。
高齢者に推奨されるべきは生涯現役です。生涯現役だけが「やり甲斐」を保障してくれます。活動の究極は他者支援・社会貢献です。具体的な方法は他者支援を内容としますが、基本は「自分のため」です。唯一、他者支援の活動のみが世間の賛同と賞賛と感謝を集めることができます。自分の居場所と必要とされて生きるステージが保障されます。やり甲斐とは人々に必要とされて生きることです。週1回、月1回のボランティア活動から始めましょう。活動は活動者の目標を創り出します。また、一度目標ができると、今度はその目標が新しい活動や人間関係を創り出します。活動と目標は相互に影響し合いながら、人々の生活を豊かにして行くのです。

5 「居甲斐」の探求-社交の創造・グループサークルへの参加

居甲斐とは「ここに居てよかった」、「みなさんに会えてよかった」という実感を得られる幸福な状況を意味しています。それゆえ、居甲斐を決定するのはあなたを取り巻く好意的な人間関係の総体です。好意的な人間関係とは「あなたに逢えてよかった」と言って下さる人々、またはあなたから見て「この方々に逢えてよかった」と思える人々の両方を意味します。そうした方々との交流や共感的な関係があなたを取り巻く好意的な人間関係です。通常、社交はそうした人間関係の中で行なわれます。自分が気に入らない人と付き合うことも時にはありますが、継続的な人間関係にはならないでしょう。特に、自由な高齢者にとって、社交の人間関係は「選択」が原則だからです。

生涯教育立国論-未来の必要

過去の軌道を延長するだけで未来の必要は見えません。未来の必要は過去を飛躍させ、未来の目標を想定する中から生まれて来ます。優れた過去の実践事例も必ず現実の制約条件の中にあり、政策の必要・十分条件を妨げた所与の環境の中で生み出されました。
現状と妥協せずあるべき事業やシステムを論じない限り、未来の必要に応える政策は生まれて来ません。生涯教育なしに変化の時代の成長も進歩もあり得ません。生涯教育立国とはなかんずく国民の資質の向上を意味します。生涯教育がもたらす施策の総体が未来の社会のあり方を決定します。
1 技術革新を支えるのは生涯教育です。変化への適応、変化の創造こそが生涯教育の目標です。
2 生涯学習を国民の主体性にまかせて国民の資質の向上はあり得ません。人々の欲求の平均値が「パンとサーカス」に集中するのはあらゆる娯楽の宿命です。テレビも雑誌も生涯学習もこの宿命を逃れることはできません。
3 生涯学習から生涯教育への概念の転換は不可避の課題です。
4 平均寿命ばかりが伸びて、健康寿命が伸び悩んでいるのは高齢者教育の停滞が原因です。子どもがへなへななのは学校教育はもとより地域の鍛錬教育の停滞が原因です。幼保一元化はもとより保教育プログラムの導入が不可欠です。

1 生涯学習概念に見切りを付ける!

政権交替を含め、時代があらゆる面で変化しています。変化は必ずわれわれに新しい状況への適応を要求します。生涯学習もあるいは社会教育も今までの仕組みややり方を全面的に評価し直す時期が来ているのだと思います。
近年の政治は明らかに,社会教育も生涯学習も評価していません。故に,予算が削減され,人員が削減され,公民館を始め社会教育・生涯学習関係の施設も確実に指定管理制度によって行政の直営から外れています。この傾向は今後ますます強まって行くと予想されます。生涯学習概念の登場によって,社会教育は国民が選択する学習と等値され、教育者を主役にする生涯教育の概念は否定されました。国民の向上を志向する教育政策論は「生涯学習」の中身と方法は国民主体決定すべきものであるという教育民主主義の「ゲンリ主義」の前に沈黙を余儀なくされました。中身の決定は主役の主体性の問題であるということが「ゲンリ主義」の中心原理だからです。「主役」が中身を論じない以上、政界も、行政も、学会すら国民にあるべき学習の中身を示唆、提案、指示、勧告はためらわれたのです。「生涯学習」の旗を掲げた以上、決定の主役である国民に「あるべき学習」を「説教」することは、主体性への干渉であり、越権であり、烏滸がましいことだからです。行政システムにおいても,社会教育課の看板はほとんど全て「生涯学習課」に書き換えられ、業務内容は国民が選択する「学習」の環境整備と振興ということになりました。
国民が選択した「学習」は国民の平均値を越えることはなく、「パンとサーカス」に傾いたことは、視聴率と広告収入に依存するテレビ番組と同じ運命をたどったのです。それでも文部科学行政は生涯学習が陥った深刻な状況に抜本的な対応を怠りました。教育基本法は国民が選択する生涯学習を認知したに留まらず、生涯教育が時代の変化に対応するために登場した原点を忘れて、「人間一生勉強が大切じゃ」というありきたりの「べき論」を方に盛り込んだだけに終わりました。社会教育法も軽微な部分修正に終始して根幹はそのままに放置されました。少子高齢化を始め、時代の緊急課題が噴出する中で,そうした課題に対処すべき、社会教育法に代わる新しい生涯教育を推進する法律も制定されませんでした。また、臨教審時代に別途制定された生涯学習振興法はほとんど全く現実に寄与していません。そのことは、現在、誰一人この法律の存在を論じないことからも明らかでしょう。教育基本法の改正における生涯学習の捉え方は,生涯にわたる“国民の修養”と等値され、技術革新に伴う社会的適応の必然性の視点を完全に欠落しました。生涯学習の必要は国民に修養のためではなく、間断なく発生する社会的条件の変化の連鎖が生み出したものであることを忘れているのです。もっとも重要な教育の基本法においてすら、国民のあるべき生涯学習を立国の条件として認知しなければ、その推進の仕組みや実践の推奨が政治課題、行政課題になる筈はないのです。生涯学習は国民の欲求を取って、社会の必要を軽んじました。生涯教育の機能は、生涯学習を国民の欲求の前に放任した立法関係者の不勉強の結果、明らかに政策論議の過程で過小評価されているのです。

2  国民主体と国民放任の混同

更に,基本法の改正は家庭教育に関しても重大な状況判断のミスを犯しました。「早寝早起き朝ご飯」のスローガンに象徴される家庭の教育機能の衰退に直面しているにも関わらず,状況を補完すべき社会教育のあるべき指針も,学校の閉鎖性や学校外の子どもに対する非協力性にも触れることなく、関係分野の連携の「在り方」も謳われる事はありませんでした。驚くべきことに,一方で、家庭の教育機能の重要性を喚起しながら,現状に目をつぶって、過保護の親を過信し、「家庭の自主性」を尊重するという文言が条文に挿入されました。国民の主体性を尊重するということと現状の国民を放置することとが混同されたのです。事、生涯学習に関する限り、教育基本法の改正は,時代の分析と立国の条件を忘れ果て、本質を外した誠にお粗末な条文になったのです。

3  「生涯学習格差」の深刻化

一方、登場した生涯学習の思想と実践は,第1に教育行政の努力、第2に時代が求めた変化の連鎖現象が相俟って、広く国民の間に浸透しました。現象的には,市民が学習の主体となり,学習者の両的拡大、学習課題の範囲の拡大が顕著にみられました。生涯学習はようやく多くの国民の常識の域に達し,日常の実践的課題となりました。しかし,生涯学習概念の導入以来、2つの重大な問題が発生し、進行しました。第1は,学習が「易き」に流れた事であり,第2は「生涯学習格差」が拡大し続けた事です。社会生活上の指針や法律上の規制を課さない限り,人間の行為が易きに流れることは欲求の実現を求める人間性の自然です。生涯学習の選択主体が国民になった時点から,学習の機会と選択の仕組みは教育行政の任務とされながら,学習内容と方法の選択は国民に任されました。その結果,人々の学習は、「社会の必要」から離れ,「個人の要求」を重視したものに傾きました。
社会教育行政が辛うじて保って来た「要求課題」と「必要課題」のバランスは崩壊し,内容・方法の決定にあたって、教育に関わる専門家の参画は一気に低下し、国民の興味・関心は、楽で、楽しい「パンとサーカス」を追い求めるプログラムに集中しました。少子高齢化が進行し,日本国家の財政難が明らかになった今日、“人々の娯楽や稽古事をなぜ公金を使って提供するのか”という政治・財政分野の批判的意見は誠に正鵠を射ているのです。公金の投資が社会的課題の解決に寄与しないのであれば,予算・人員の削減は理の当然の結果だったのです。日本社会がその特徴としてきた「行政主導型」の社会教育・生涯学習の推進施策が失速するのも当然の結果なのです。
もちろん、学習の選択主体となった市民は「選択を拒否する主体」ともなりました。その結果、生涯学習や生涯スポーツを「選んだ人」と「選ばなかった人」との間に巨大な人生の格差が生まれつつあります。変化が連鎖的に続く時代状況は、必ず変化に対する適応の「成否」が問われる時代になります。故に,「生涯学習」の成果が、個人の生活に重大な影響を及ぼすことになるのです。高齢社会において,健康に関する学習や実践を怠れば「健康格差」が生じ,情報化の時代において、情報機器が使えなければ「情報格差」が発生し,人生80年時代において、活動を停止した高齢者には「交流格差」や「やり甲斐」の格差が発生する事でしょう。社会的条件の変化が生涯にわたって連鎖し続ける時代背景を想定すれば,生涯学習によって学んだ事の格差は、社会的課題についても,発達課題についても、個人の適応の成否を分け、人生の明暗を分けることになるのです。「生涯学習格差」の深刻化 が放置されれば,あらゆる分野で社会問題を引き起こす要因に転化することを恐れます。技術革新が続き国際化や情報化が“待ったなし”の条件下で,国民の生涯学習に遅れを取った社会は、産業でも貿易でも立国の条件に遅れを取ることになります。さらに、子育て支援の施策に失敗すれば,未来を支えるべき生産人口は減少の一途を辿ります。高齢者の自立と生涯現役を続ける活力と思想の涵養に失敗すれば,社会は活力を失い,財政負担は次世代の堪え難いものになることは火を見るより明らかです。日本の生涯学習振興行政はこれらの全てに失敗したのです。

3  評価視点の偏向

政治も行政も「パンとサーカス」に走った生涯学習の「負」の結果には正当な評価を下しました。しかし、変化に適応し,立国の条件を形成する生涯教育の「貢献」の重要性を見落としたのです。少子高齢化が引き起こす問題を解決するためにも,国際化,情報化の変化に適応して行くためにも、国民の「適切な学習」が不可欠です。それゆえ、国民の適切な生涯学習の継続こそが立国の条件になり得るのです。教育基本法の改正にも,社会教育法の改正にも,立国の条件となり得る生涯学習振興の適切な指針は盛り込まれませんでした。誰も語ることのない生涯学習振興法も、市民が果たすべき「適切な学習」の中身と方法は問うことはありませんでした。「生涯学習の振興」が立国の条件を形成し,現行行政分野のほとんど全てに関わるという事実にも関わらず,当時の,文部省と通産省のみが参加した「生涯学習の振興」のための法律にどれほどの意味があるのか,その後の政治も,行政も問い返すことはありませんでした。勉強の足りない政治家はもとより,担当官庁やその周りにいる学者達は一体何をしていたのでしょうか。現行行政の縄張りや省益に振り回され,あるべき「仕組み」も,為すべき目標も示されませんでした。生涯学習機能の評価に偏向や怠慢があったと言われても仕方がないのです。

4  指針なき「適切な学習」

民主主義の原則を教育に適用し、生涯学習の選択主体は国民であると突き放した時、各分野の専門家の支援なくして、市民は「適切な学習」に戻ることができるでしょうか。法や政策に示される指針を欠如したまま、生涯学習にふたたび「社会の必要」の視点を導入することは可能でしょうか。生涯学習に「社会の視点」を導入するという事は、現行の国民主体の学習に、諸分野の専門家が発想するあるべき生涯教育の視点を付加することを意味します。
教育基本法や社会教育法など諸法律の改正は、生涯学習の意義と方向を示し,実践の仕組みと指針を提示し,市民に「適切な学習」を推奨することが任務だった筈なのです。確かに、文部科学省も「現代的課題」とか「新しい公共」という視点から、あるべき「適切な学習」を摸索しました。それでも根本において、学習の選択を国民に委ね、滔々たる「要求対応原則」の流れの中では、惨めな失敗に終ることは当初から明らかだったのです。現行の生涯学習が政治の信頼を失ったのも,結果的に、生涯学習推進体制が衰退したのも、政治や行政自身がその真の重要性を理解せず,法も施策もあるべき方向と指針の提示を行なわず、日本の生涯学習が「適切な学習」の選択に失敗したからなのです。

127号お知らせ

第102回生涯学習フォーラムin福岡

日時:2010年8月29日(日)14時30分-17時(今回も土曜日ではなく、日曜日です。お間違いなく。)
場所:福岡県立社会教育総合センター(092-947-3511)

事例研究:「女子商マルシェ」体験教育プログラムの効果と衝撃-「模擬体験」授業から「実体験」授業へ(仮題)-益田 茂(福岡県立社会教育総合センター主任社会教育主事)
論文発表:健康寿命の教育的方法-元気の構造と処方(仮題)(三浦清一郎)

第10x回移動フォーラムinやまぐち

主要内容と日程が決まりました。ご予定に入れていただけると幸いです。

主催:山口県生涯学習推進センター地域コーディネーター養成講座研修生同窓会
日程:平成22年11月20日-21日(土-日)
場所:山口県セミナーパーク(山口市秋穂)
内容原案:登壇者は全て交渉中です。
初日11月20日(土)
15:00-16:00 特別インタビュー:山口県周南市長 島津幸男、会員制市民学習システム「周南再生塾」創設の思想と方法(聞き手:三浦清一郎)
16:00-16:30 質疑/休憩
16:30-17:15 政策提案1 「自由の刑」と退職者の未来計画、三浦清一郎
18:00-懇親交流会
第2日11月21日(日)、9:00-11:30
政策提案2:リレー提案と共同討議「未来の必要」;コーディネーター三浦清一郎
1 市民学習集団の組織化の効果と意義-たぶせ雑学大学の14年、三瓶晴美(山口県田布施雑学大学)
2 放課後「子どもマナビ塾」の教育性、経済性、創造性 森本精造 飯塚市前教育長
3 「未定」古市勝也(九州共立大学)
4 「財源補助」の評価視点と補助効果の点検法 重村太次(山口県きらめき財団)

「NPO生涯教育・まちづくり支援協会」の設立について

「生涯学習フォーラムinふくおか」の実行委員を中核として標記のNPOを設立することにしました。
1 理事長に森本精造前飯塚市教育長、副理事長には古市勝也九共大教授、飯塚市で活躍中の窪山邦彦氏、大島まな九女短大准教授の3名をお願いしております。
2 「看板」には、「生涯学習」概念の限界性を考慮して「生涯教育」とし、まちづくりの教育的機能の重要性を意識した支援活動を強調する名称を採用しました。
3 活動内容は新しい未来の実験に挑戦すべく様々な構想を摸索して行きます。今後の「生涯学習フォーラム」はそうした実験的実践の後ろ盾となる研究会であるべきだと考えております。
4 それゆえ、従来の「生涯学習フォーラム」は「生涯教育・まちづくりフォーラム」と名称を変更し、主催は標記のNPOにする予定です。
5 設立総会は平成22年8月1日、15:00-、場所は飯塚市穂波公民館の予定です。

主旨にご賛同いただける場合にはどうぞ上記の時間・場所にお運びいただき仲間に加わっていただきたくご案内申し上げます。

§MESSAGE TO AND FROM§

お便りありがとうございました。今回もまたいつものように編集者の思いが広がるままに、お便りの御紹介と御返事を兼ねた通信に致しました。今回は白内障の手術の直前なので一行書き短文のお便りを多くいたしました。皆さまの意に添わないところがございましたらどうぞ御寛容にお許し下さい。

福岡県宗像市 牧原房江 様

ここにお一人分かって下さった方がいた!ありがとうございました。

高知県 小松義徳 様

100回記念フォーラムを終えて、原稿を出版社に出して、気が抜けています。「気が抜けること」こそまさに「老い」そのものの正体なのでしょう。戦わねばなりませんが、手術が終る迄は目が不自由です。短いメッセージを重ねて「弱気の虫」、「泣き虫」と戦っています。

山口県周南市 大寺和美 様

雨の「回天基地」は忘れないことでしょう。再生塾の件ありがとうございました。会費制の勉強会は福岡フォーラムの重要なヒントになりました。

山口県 田中隆子 様、西山香代子 様

田中様、今回はさっそく「レフリー」配置のご配慮をいただき感謝申し上げます。ありがとうございました。
西山様、対談が流れたのは残念でしたが、ものごとが成るには「時」が必要です。論客は全国にあまた居る筈です。諦めずに新しいプログラムを考えてまたやりましょう。

長崎県佐世保市 左海 道久 様

いただいた感想は何よりの励みになります。過分の郵送料もありがとうございました。

鳥取県米子市 卜蔵久子 様

初めから終わりまであらゆることにお気遣いいただき感激しております。特に、7/10の朝の聴講者はあなたが広報をなさって下さったとお聞きして陰のお力を実感しました。

山口県長門市 林 義高 様

実践に勉強にとにかく颯爽たるものですね!後期高齢者になって自分もあなたのようでありたいと切に思います。
小生いよいよ目の手術に入ります。しばらく執筆も読書も中断ですが、久々に詩吟や講談や朗読のCDを買い求めて聴くことにします。戻りましてご披露の出来る日を楽しみにしています。

山口県下松市 三浦清隆 様

ご病気からの回復、お元気を取り戻しつつあることを実感しております。過日の篠栗町へのご質問は現代日本社会の普遍的な問いになるでしょう。フォーラムへの継続的ご出席がお元気を支えることになるであろうと期待しています。夏のお気遣いを頂きありがとうございました。

編集後記
老いるとは

8月の上旬に白内障の手術を受けることにしました。執筆を生業としながら日常の読み書きが不自由となり、老いを実感せざるを得なくなっています。かつて自分が書いたものを反芻するように読み返しています。
人間が「老いる」とは、「意識するとしないとに関わらず、加齢に伴う心身の衰えと戦い続ける過程」をいいます。「戦い方」で晩年の在り方が決まります。戦いが不可避であるとすれば,問われているのは,意義ある戦いをできるか,否かになります。
老後の養生、精進,自己教育と自己鍛錬の末に「自分」を失うのであれば、それはそれで仕方がありません。人生に仕方のないことはいくらでもあるのです。しかし,「仕方がない」に至るまでにどれだけの努力をしたのか,が問題なのです。高齢期の努力の内容と方法について,己の「判断」と「選択」の意志を持ち続けたか,否かが問われているのです。
高齢期の生き方を変えることは高齢者の人生を変えるに留まりません。若い世代の人生をも変えることになるのです。
若い世代は、どんな風に老いて行く両親を見たいでしょうか。両親が自立して,生き生きと生きれば,家族に活気が満ち、社会の活力が向上し,医療費を抑制することが可能となり,介護費は少なくとも先送りすることができます。
人生50年であった時代の「余生」と人生80年時代の「老後」とでは全く状況が違うのです。第一、余生とは“あまった時間”を意味しています。生涯時間が20年に達した時代の「余生」の概念は,高齢期のスタートにおいて、そもそも生き方を「積極的」に発想する姿勢に欠けています。「隠居」,「遁世」、「閑雅」などの暮らしの「美学」は人生50年時代の産物です。趣味とお稽古事に明け暮れる高齢者の生涯学習も安楽余生論の伝統です。目の手術が終ったらふたたび現役に復帰して読者の皆様に論戦を挑む日を楽しみに病院という当面の我が“戦場”に行って参ります。

様々の事果たしたり
一杯の
ココアの前に安堵する朝

さんざめく研修生の真ん中で
母に抱かれし
赤子安らか

来る年も切に逢いたいと願いたり
小鳥のごとき
合歓の花ぞも

あばれ梅雨上がりて
森のあちこちに
ニイニイゼミの啼き初めにけり

「風の便り 」(第126号)

発行日:平成22年6月
発行者 三浦清一郎

学習者は認識者、実践者は探求者-「生涯学習」と「ボランティア活動」は別物です―
6月半ばから北九州市若松区のまちづくり実践研修が始まりました。下旬からは山口県生涯学習推進センターが主催する子育て支援/学校支援の実践研修が始まります。座学で実践者を育てることはできないと繰り返し主張して来ましたが、現行の教育関係者はなかなか理解してくれません。「分かれば態度は変わる筈だ」という信仰に近い教育観が学校を中心にこの国を蝕んでいます。それゆえ、「理解」が「先」で「実践」は必然的にその後に来るかのような錯覚の下に多くの教育研修会が行なわれています。子どもについても大事なことを教えないで自分で気づくのを待つことこそ教育であるという勘違いの下に「学びの共同体」などという教育論が蔓延っています。大半の学問は実際の生活から生まれたのです。それゆえ、実生活に応用することが原則です。また、理論は先人がすでに検証してくれたものが体系化されたものです。学問は人生の試行錯誤を救済し、「分かる迄の時間」を短縮してくれるのです。 教育の原則は明瞭です。やってみなければできるようにはなりません。教えなければやり方は分かりません。練習が向上のカギを握っています。社会教育の研修もボランティアの養成講座も根本から考え直すべき時期に来ているのです。

(1) 分かっただけでは実践者にはなれません
学習者は認識者です。これに対して、実践者は探求者です。認識者の特性はものごとを正確に理解することに重点を置くことです。探求者は活動の目標を実現することに重点を置きます。両者の最大の相違点は行為に要するエネルギーの質と量の違いです。「畳の上の水練」では泳げないし、「口では大阪の城も建つ」と言い習わして来たのは、行為に要するエネルギーの質と量の違いを無視した机上論を揶揄することわざです。通常、学習者と実践者の間には簡単には越え難い「溝」があり、理論と行動のギャップがあります。知行合一とか言行の一致を尊ぶ「陽明学」のような学問が登場したのも、通常、言行は一致し難いものだからなのでしょう。 近年の生涯学習や社会教育行政に関する答申などを読むと、教育行政は、「生涯学習」と「ボランティア活動」を同一線上にある類似の活動であるかのような勘違いをして来た節があります。しかし、「生涯学習」の「知」とボランティアの「行」が簡単に合一して繋がる筈はないのです。基本的に学習者は認識者に留まり、実践に踏み出す気力やエネルギーや動機は学習者に求められるものとは雲泥の違いがあるからです。 「勘違い」の端的な一例は、知識と行動を同一線上に置いて、「生涯学習」を推し進めて行けば、やがて「ボランティア活動」に到達するかのように語っているところです。“勘違い”を正当化して来た論理は人々の学んだ成果は実生活に反映されるはずであるという「学習成果の(社会)還元」論と呼ばれて来ました。「還元論」には「還元されることになるであろう」という楽観論と「還元されるべきである」という「べき」論が混在しています。従来の社会教育や生涯学習は、人間についても、学習についても好意的で、楽観的で、実践の視点を欠落した頭でっかちなものだったのです。 しかし、教育に厳しく結果を問う時代が到来しました。特に、住民主体の生涯学習を公金で支援することについて政治の風当たりは強くなりました。住民が生涯学習に求めたものは、基本的に社会還元とは関係のない「パンとサーカス」だったからです。行政主導型で公金を投入している社会教育や生涯学習プログラムの学習者に対しては、公金を投入した学習の成果を社会に還元すべきであるという財政難時代の教育投資論とも言うべき発想が社会教育行政の前面に出始めました。行政主導型の生涯学習振興策や社会教育にも「費用対効果」の発想が浸透してきたのです。住民の「学習権」などということを主張しても、反対に、住民の「学習成果の還元義務」を主張する人々は希有でしたから当然のことでしょう。従来の社会教育に対する率直な批判者は市民を「税金で遊ばせるな」とまで批判するようになりました。事実、調べれば一目瞭然ですが、生涯学習プログラムは住民の要求を充足する原理に立ったのです。その結果、趣味・お稽古ごとから実益カリキュラムの学習に至るまで生涯学習プログラムは圧倒的に「パンとサーカス」に傾きました。社会教育施設は住民を税金で遊ばせるたぐいのプログラムを提供して来たということです。「事業仕分け」の論理にのせれば、一発で「廃止」の決定がでることでしょう。

(2) 学習と実践の溝
教育の一般論として、学習成果の応用は当然起こり得ます。「応用」の原則とは、獲得した「知識」が当事者の「行動」や「態度」を一定程度変え得るという意味です。しかし、「応用」の原則は応用者の選択に任されるもので、認識者がそのまま実践者に移行する保障は全くありません。すべての応用や実践は、本人の知識の種類により、意欲のレベルにより、応用すべき実践の分野により、実践の難易度の違いによりすべて違ってくるのです。 一方、長年にわたって行政主導型の社会教育を展開して来た日本のプログラムは、通常現場では「承り学習」と呼ばれました。多くの学習者は、プログラム講師のお話を「承って」聞くだけの消極的な認識者に留まったのです。長い時間をかけて形成された学習者の側の受動的な「おんぶにだっこ」の行政依存志向が一朝一夕に変わる筈はありませんでした。学習者の反発を恐れた行政担当者の及び腰は、受講者に「学習成果の還元」を強く説くことも、還元のステージを作る工夫もしませんでした。実践現場においては、生涯学習における費用対効果の発想は、言わば「馬耳東風」の結果となったのです。 行政主導型の社会教育の学習者は「楽な」学習に慣れ切っています。学習のために「身銭」を切ったこともめったにありません。それぞれの「認識」を行動のエネルギーに転換する筈はないのです。認識者が実践者となるためには、従来の社会教育や生涯学習プログラムとは全く異なったアプローチが必要だったのです。 異なったアプローチとは、第1に学習の目的を「実践」に変更すること、第2に参加者を実践に誘う強力な「動機付け」を行なうこと、第3に現実の実践を促すための「実習プログラム」を確実に導入することを意味します。 「承り学習」の認識者が、他者への「貢献行動」を実践するためには、学習目的を「認識」から「実践」に転換し、プログラムの提供視点を「実際にやってみること」を重視したものにしなければなりません。当然、参加者に対する実践への強力な動機付けなしに行動は起こりません。練習のための実習プログラムを伴わない座学が実践者を生む筈はなかったのです。 しかし、筆者が体験し、見聞した大部分の研修は、依頼者の側に上記の条件を欠如した座学に過ぎませんでした。筆者の講義が貧しかったからだと言われればそれまでですが、少なくとも、筆者の講義プログラムから実践者が生まれたことは稀でした。 そこで過去10年、筆者は社会教育の研修プログラムを根本から改め、上記の異なったアプローチを採用した研修方法にやり方を変更しました。依頼主にも、研修目的を「認識」から「実践」に転換し、参加者の側に強力な動機付けを行ない、必ず実習プログラムと抱き合わせるようお願いしました。結果的に、実践者は一気に増加したのです。過去の文中、事例として紹介した「豊津寺子屋」の子育て支援事業、山口県の地域コーディネーター養成講座、北九州市の「若松みらいネット」事業などは最初から実践者を養成することに重点をおいた研修に変更しました。 従来の「やとわれ研修講師」がやって来た講義では、基本的に学習者は認識者に留まったままです。特別なカリスマ講師は別として、学習者が実践に踏み出す気力やエネルギーや動機を講義で生み出すことは至難のわざです。現に、学習者は実践に踏み出すことはなく、学習成果の社会還元は起こりませんでした。 実践者はいろいろな意味において探求者なのです。最大の問題は、人々が正しく「学習」すれば、やがてその成果を「社会還元」の実践に移すであろうという教育の楽観論です。学校教育もそうですが、社会教育も、生涯学習からボランティア活動へという移行論を同一線上で図式的に語って来たのです。結果的に、社会教育行政は、学習が実践に進化するかのような幻想を振りまいたに留まらず、生涯学習ボランティアという概念を多用することで、生涯学習関係のボランティアがボランティア活動の出発点であるかのような錯覚も蒔き散らしました。「生涯学習」の成果は、「ボランティア活動」として社会的に還元される(されるべきである)としたことで、多くの生涯学習関係者に、ボランティア活動はあたかも教育や学習から出発し、その中核が教育分野にあるかのような誤解を振りまいたのです。もちろん、ボランティア活動は人間の営みの数だけ多種多様な形態で存在します。到底、教育分野に閉じ込めることができるような限定的な活動ではありません。教育行政は、人々のあるべき社会還元活動まで、教育分野で行なわれるべきだという行政の縦割り発想に制約されたと勘ぐりたくもなるのです。生涯学習やボランティアのような生活の全分野にまたがる行為についても、専門が「なわばり」になり、分業が「セクト化」するという一つの典型を示しているのです。

(3) 混同の背景、勘違いの理由

「生涯学習」が「ボランティア活動」の前提になり得ると学習と実践を混同したり、生涯学習がボランティア活動に転移するかのような勘違いが起こったのにはいくつかの理由があります。 勘違いの第一の理由は個人を起点とするというところにあります。「生涯学習」も「ボランティア活動」もそれぞれの活動の原点は個人の「自発性」・「自主性」にあります。両者は思想の原点において同じ性格のものである筈だという立論です。 第二の理由は、両者とも活動の結果が「自己形成」に繋がるという指摘です。生涯学習はもとより、ボランティア活動も、活動の過程が必ず何らかの形で本人の向上に貢献し、結果的に、人間の自己形成に深く関わることは疑いのない事実だからです。活動がもたらす教育効果が人間の向上であるという点で共通しているということです。「生涯学習」も「ボランティア活動」も活動や内容の種類と範囲は文化に匹敵するほど多岐に亘っています。しかし、両者は行動に必要とするエネルギーが大きく異なるという点で全く別物です。両者の類似点だけを見て相違点を見なかったので上記のような勘違いが起こったのです。 「生涯学習」は「認識」に重点を置き、「ボランティア」は「実践」に重点を置きます。前者は基本的に自己の知的向上に限定された頭の活動です。それに対して後者は他者を巻き込む可能性の大きい心身を総動員した活動です。活動に要する「負荷」は質の点でも、量の点でも両者は全くの別物です。地域デビューの心得を説いた参考資料には、「知識習得」から「実践行動」へ踏み出しなさいと書いてありましたが、座学から実践へという図式は、教育者のないものねだりにすぎません。「市役所や公民館主催の地域デビュー関係講座に何十回も顔を出す人を時々見かけますが、それ以上に進展がない人が少なくありません」(*)とコメントが付いていましたが当たり前のことです。座学が実践に結びつくことの方が希有なのです。上記に指摘した通り、目的を実践においていないこと、主催者が強力な地域貢献の動機付けを行なっていないこと、実習のプログラムが組み込まれていないことなどが「頭でっかち」の「畳の上の水練」で終わる原因です。
(*)細内信孝編著、団塊世代の地域デビュー心得帳、ぎょうせい、2007年、p.11

「機能快」への注目
小さな町から相談がありました。類似公民館の活性化をどう図るかが課題です。筆者は「機能快」への注目を提案しました。高齢社会の危機は熟年者が「世の無用人」となることです。「無用人」とは社会から必要とされないということです。「無用人」を「有用」にする方法は「たのみごと」をすることです。行政は「お上」の頭を下げて彼らに社会貢献活動を依頼すればいいのです。私たちの「やり甲斐」は、活動や行為に関係します。まずは身近な小さなことから始めればいいのです。たとえば夏休みの宿題サポートから始めるというのはどうでしょうか。それがうまく行ったら、順次、それぞれの特技に応じて工作や料理や習字などの指導に移行して行けばいいのです。人は「頼まれることが好きだ」とはアメリカ下院議長ティップ・オニールの名言ですが、行政と市民との間の問題は「頼み方」にあります。果たして行政職員の熱意、やる気、礼儀正しさ、フットワークの軽さなどは功を奏するでしょうか?社会教育職員の機能はプログラムを作ること、プログラムの実施を促進すること、お金の工面や広報など関係者に社会のスポットライトが当たるようにプロデュースすることです。Programming, Promoting, Producingは社会教育の3P論と呼ばれました。
人間の「やり甲斐」は、①活動の成果、②社会的承認を伴う達成感、③あなた自身の機能快の3要素で構成されています。「やり甲斐」の第1要因は活動の成果ですから、活動の継続を前提とします。行為のないところ,活動のないところに「やり甲斐」は存在しないということです。 また、活動の成果を上げるためには、日々の生活に目標の設定,方法の工夫,実行の努力が不可欠です。目標が達成できれば当初期待した成果を手にすることになります。仕事でも趣味でも,やろうとしたことが、思い通りにやれた時の成果がやり甲斐の第1条件です。 やり甲斐の第2要因は達成感です。もちろん、成果が出た以上,達成感は一人でも実感することはできます。しかし,通常は,第3者の承認や同意を必要とします。ひとりよがりや自己満足では人間の精神の渇きを癒すことは難しいのです。おのれを誇って、自分の生きているうちに、銅像を建てたり,石碑を建立したりする人がいるのも、おのれの事績を世間に見せて,第3者の同意や承認を求める心理です。心理学者は,人々の拍手や賞賛を「社会的承認」と呼んで、人間が生きて行く上での重要な糧であると論じています。独りよがりでは成功を実感できない社会的動物としての人間の性(さが)だということでしょう。 第3の要因は「機能快」です。ドイツの心理学者カール・ビューラーが提唱者であるといわれています。日本では大分前に渡部昇一氏が「人間らしさの構造」(*)で人間らしさを構成する要因の一つとして紹介しています。「機能快」とは、人間が自分の持つ能力を発揮したときの快感を言います。 子どもの発達を見ていると、疑いなく彼らが機能快を感じている場面に遭遇します。走れる子どもは走りたがり,歌えるものは歌いたがります。大人の指導に耐えて、できなかったことができたとき、彼らの顔が輝きます。人間には自分に与えられた機能を発揮したいという欲求が内在し、その欲求が実現できた時に感じる快感です。「できなかったこと」が「できるようになること」も、過去と比べて上手にできたときも、ある種の快感を感じることは日常経験するところです。活動の成功には自分の能力が試され、自分自身が課題に応えて、立派に為し遂げたという己の能力の実感が「機能快」でしょう。 現行の生涯学習振興行政の問題は高齢者が学習する機会はあっても、その技術や能力を発揮する舞台がないことです。まずは小さな町で子どもと高齢者を結んで夏休みの宿題支援から始めて見ようということです。うまく動き始めましたらご喝采!!
(*)渡部昇一、人間らしさの構造、講談社/学術文庫、1977年

-居場所ありますか、必要とされて生きていますか-自分のためのボランティア(新刊まえがきとあとがきに代えて)
ボランティアは「世のため」「人のため」の行いであると多くの本に書いてあります。しかし、控えめと謙譲の美徳でしつけられた多くの日本人は恥ずかしくて普通そんなことは言えんでしょう。自分の行為が「世のため」だと断言することは烏滸がましくも恐れ多いことです。 参考書では、善意は人間の本質でボランティアの精神は昔から日本に存在したという人もいますが,それも思い込みか、勘違いのどちらかでしょう。もし、そうであるなら日本はもう少しましな温かくて暮らし易い社会になっている筈ではないですか!!またボランティアの概念が昔から日本にあった発想だと言うのなら今更なんで外来語の「ボランティア」と呼ぶのでしょう。 まして日本は世界でも有数のボランティア経験者を誇るボランティア先進国であると言うに至っては、勘違いも甚だしい、と糾したくなります。日本社会は現に「自己中」や「勝手主義」に満ち、ゴミ屋敷からいじめ迄「エゴ」丸出しで動いており、少年教育はまさに体力、耐性、向上心のない規範を欠落した次世代を再生産しているとしか思えません。教育は、社会貢献や他者支援を教えず、自分の欲望のためなら他を顧みない「教育公害」を蒔き散らしている感さえ拭えません。社会貢献を推奨する法律も、ボランティアを守る法律も存在しない日本がボランティア先進国である筈などないのです。ボランティア経験者を調査した統計資料は町内会に駆り出される一斉ゴミひろいや草取り奉仕作業をボランティアと勘違いしているのではないでしょうか。 にもかかわらず私自身はなぜささやかなボランティアにこだわり、ボランティア論を書いたのか!?筆者の自問自答の答は「自分のため」だからです。他者貢献を形にして、自分の老後の活動場所を見つけ、ささやかな貢献を通していくらかでも人々に必要とされて生きたいというのが動機です。他者貢献を選んだのは、それ以外に「さびしい日本人」が居場所を見つけ、さびしさを克服し、孤立と孤独を回避して生きる方法が見当たらないからです。

(1) 「共同体の成員」から「個人」へ
日本人は長い時間をかけて伝統的村落共同体の成員から自由な個人へ移行しました。共同体の成員は集団の「共益」のために一致して「労役」を提供し、成員の相互扶助の慣習を守って来ましたが、日本社会が依って立つ産業構造の転換と高度化によって共同体的な暮らしは不要になりました。そのためこれまで共同体が培って来た価値観や慣習は、それぞれの自由と自己都合を優先し始めた個人に対する干渉や束縛に転化してしまいました。日本人は共同体文化を拒否するようになったのです。
(2) 「自分流」は「選択制」、「選択制」は「自己責任」
日本人の生活は、共同体および共同体文化の衰退と平行して都市化し、人々は多様な価値観と感性にしたがって自由に生きる個人に変身したのです。共同体を離れた個人は、それぞれが思い思いに自分流の人生を生きることができるようになりました。自分流の人生を主張した以上、当然、己の生き甲斐も他者との絆も自分の力で見つけなければならなくなりました。人間関係も日々のライフスタイルも「選択制」になったのです。新しい人間関係を選び取ることのできた人はともかく、「選べなかった人」、他者から「選ばれなかった人」は「無縁社会」の中に放り出されます。自身の「生き甲斐を見つけようとしなかった人」や、探しても「見つけることのできなかった人」は「生き甲斐喪失人生」の中に放り出されます。自由も自立も、選択的人間関係を意味し、選択的人生を意味します。日々の生き方を自分が主体的に「選択する」ということは、かならず自己責任を伴い、願い通りの選択は簡単に実現できることではありませんでした。それゆえ、過渡期の日本人の中には自由の中で立ち往生する「さびしい日本人」が大量に発生したのです。本犒が言う「さびしい日本人」とは、共同体を離れ、自由になった個人が、他者との新しい関わり方を見出せず、また、仕事にも仕事以外の活動にも十分な「やり甲斐」を見出せず、孤立や孤独の不安の中で「生き甲斐」を摸索している状況を指します。その「さびしい日本人」が生き甲斐を摸索する中で出会った新しい生き方の一つがボランティアでした。ボランティアは自分自身が人々の中で「必要とされて生きるための」新しい縁の選択なのです。
(3) 信仰実践のボランティアと生き甲斐探求のボランティア
ボランティアはもともと「自発性」や「善意」を表し、欧米文化においてはキリスト教と結合して聖書の言う「隣人愛」の実践として発展して来ました。欧米のボランティアは「神の教え」・「神との約束」を個人のよりどころとして出発しているのです。 これに対して、日本人のボランティアは、信仰の実践でも、特別に神仏と約束した活動でもありません。日本人のボランティアは、個人の主体性と選択に基づく生き甲斐の探求と絆の形成を求める社会貢献活動です。日本にも「おたがい様」や「おかげ様」のように他者支援の類似発想はありましたが、個人を出発点とするボランティアは存在したことがありませんでした。ボランティアは外来文化に由来する発想であるため未だに適切な訳語が定着せずカタカナのまま日本語化したのです。筆者はそれを「日本型ボランティア」と名付けました。 「日本型ボランティア」は、神への奉仕でもなく、他者への施しでもなく、日々の孤立や孤独の不安を回避し、「自分のため」の生き甲斐や他者との絆を摸索する個人の社会貢献活動の総称です。この時、「生き甲斐」の具体的内容は、活動への関心、活動の成果、活動の「機能快」、人々による「社会的承認」などで構成され、人生の「張り合い」を実感できる生き方の総称です。「日本型ボランティア」は「自分のため」の「生き甲斐」を摸索する過程で発見した社会貢献の方法です。換言すれば、「さびしい日本人」は生き甲斐と絆を摸索して試行錯誤した結果、ボランティアという社会貢献活動に辿り着き、人々のために働く「やさしい日本人」に進化したということです。それゆえ、「やさしい日本人」の「やさしさ」とは、共同体を離れた個人が、自由と主体性を駆使して「自分流」と「自己責任」の人生を生き始め、生き甲斐と絆を求めて選択的に行なう社会貢献活動であると言うことができます。
(4) 「さびしい日本人」から「やさしい日本人」へ
しかし、日本型ボランティアが実践する「やさしさ」は、純粋な「他者への奉仕」とは異なります。また、従来の共同体に存在した相互扶助の「やさしさ」とも別種のものです。日本型ボランティアは明らかに「自分のため」の活動を主たる目的にしているからです。共同体の「やさしさ」は集団の共益保護のためのやさしさでした。日本型ボランティアの「やさしさ」は、ひとりひとりの人間が社会貢献の実践を通して「生き甲斐」と「絆」を求めたが故に生み出された「やさしさ」です。      日本型ボランティアを定着させることによって、結果的に、私たちは人間個人を出発点とした「やさしさ」を生み出しつつあるのです。それゆえ、日本人はかつての共同体に存在した集団的「やさしさ」に戻ったわけではありません。日本型ボランティアによって「やさしい日本人」が集団的に「再生」したのでもありません。「やさしい日本人」は、社会貢献活動を実践する個々人の人生に「新生」したのです。それゆえ、日本型ボランティアは、「新しい生き方」とか「もう一つの生き方」とか呼ばれているのだと思います。 高齢社会が到来して、ボランティアはますますその重要性を増しています。子育てや労働を終えた人々にとってボランティアは二度目の人生の新しい生き方の選択肢となったのです。「自分のため」のボランティアを選択して、最後まで社会の役割を果たそうとする姿勢が「生涯現役」の生き方です。「生涯現役」とは、労働からの引退後も、「社会を支える構成員」として社会貢献活動を継続し、最後まで他者との連帯を求め続ける人々の総称です。居場所ありますか、必要とされて生きていますか。「生涯現役」とは「自分のためのボランティア」の究極の形なのです。

§MESSAGE TO AND FROM§
お便りありがとうございました。今回もまたいつものように編集者の思いが広がるままに、お便りの御紹介と御返事を兼ねた通信に致しました。皆さまの意に添わないところがございましたらどうぞ御寛容にお許し下さい。

沖縄県那覇市 大城節子 様
この度は過分の郵送料をお気遣いいただきありがとうございました。今年は2冊目の出版に挑戦し、原稿を出版社に提出したところです。まえがきに代えた文章を巻頭に掲載いたしました。自分のボランティア活動も長いものは20年を迎えます。「風の便り」も10年を越えました。元気の背景、養生の原則は人間の機能を使い続けることだという確信をますます深めております。あなたの新聞インタビュー記事を森本前教育長の紹介で拝見いたしました。ご活躍はお見事なことです。なかなか「引退」は許していただけないだろうと遠くから見守っております。鳩山民主政権も気まぐれでしたが、日本人もまた気まぐれです。沖縄が次の選挙で現代の政治にどのような評価を下すのか興味津々でニュースに耳傾けております。

山口県山口市 西山香代子 様、下関市 田中隆子 様
今回は偶然お二人から対談のご依頼を頂きました。楽しみにしております。お礼申し上げます。ご依頼通りに日程は確保いたしましたのでご報告いたします。私は基本的に日本の「間接表現」文化を尊重する者ですが、時に、婉曲、遠回しに申し上げただけでは通じない人々が登場します。特に、「対談」では苦い体験があります。自己主張の強い物知りが我が物顔にしゃべり通して、不愉快で辛い時間に耐えたことがあります。以来、志願していろいろな会の司会の役を引き受けるようになったのです。わが司会は、「自己中」を制し、発言機会の公平性、時間管理の正確さを維持できるよう、ボクシングの試合をイメージして、敢えてレフリーの権限を行使するように務めて来ました。レフリーは、「駄目なことは駄目」、「止めるときはやめてください」と「直接表現」のルールでのぞまなければなりません。レフリーが機能しない限り、日本の会議は声の大きい「奴」が制します。対談も鼎談も「我」の強いものが突出する危険があります。皆さんの企画にも必ず役目に忠実なレフリーを配置していただきたく事前にお願い申し上げます。

鹿児島県鹿児島市 黒脇丸 陽一 様

ご要望のメルマガは確かに登録いたしました。また、5月の29回大会では折角お出かけいただいたのにゆっくり話ができず残念でした。皆様が事業化した学校支援事業を通して学校に入った地域の方々のその後の活躍ぶりをお伺いしたかったです。各地の学校を廻る中から学校支援活動は時に「招かれざる客」であり、文部科学省の補助予算が終った後はどのように存続できるのか危ぶんでおります。鹿児島市の大会で私の質問に答えて学校の関係者がわれわれは望んで学校を開いたと胸を張った場面がありましたが、果たしてそうした姿勢が今後続いて行くでしょうか。高齢社会の突破口は学校が「幼老共生」を目標とした高齢者の活動ステージを創造することが最も効果的だと信じています。これからの学校教育は高齢者福祉と組み合わせて、高齢者の活動ステージを創造することが不可欠になる筈なのです

大分県大分市 谷村歩美 様

お便りを拝見しました。実に久しぶりの大学生からの手紙です。第100回記念フォーラムにはよくぞ来て下さいました。思ったことを思うように言えない辛さは一生われわれにつきまといます。しかし、あなたの口惜しさが必ずあなたを前進させます。これ迄教えて下さったみなさんのお力が結集して出て来ます。「ビッグフィールド大野隊」を育てて来た川田さんもあなたのさらなる前進を見たいことでしょう。懲りずに機会を作っておでかけ下さい。大分県の大会は2月の最終週末に「三浦梅園の里」(安岐町)でおこなわれます。こちらもスケジュールに入れておいて下さい。

北九州市 仲道正昭 様
過日は100回記念フォーラムにご出席いただきありがとうございました。あなたが始められた社会教育の研究会も十数回を越えたとお聞きしました。今後の社会教育政策はどうあればいいのか、皆様の議論が具体的政策に収斂して来たら是非私たちにも分析の結果と方法をお聞かせ下さい。
福岡県岡垣町 井上英治 様
刺激的な再会でした。質問とそれに対する自分の答を反芻しています。Q:町内会の組織率は90%を超えていますが、これを基盤として新しいまち作りはできるでしょうか?A:できません。町内会はやがて滅びます。時間の問題です。青年団から子ども会まで地縁の組織は壊滅します。Q:なぜですか?コミセン方式も駄目でしょうか?A:駄目です。「選択」の時代が来たからです。活動も人間関係も人生の生き方もすべて個人の選択に基づきます。それが「自分流」の時代です。自己責任の時代です。地縁の人間関係はすべて活動の縁、志の縁などに代わります。Q:行政は地域課題に全部応えることはできません。A:その通りです。Q:どうするのですか?A:地域内にボランティア・グループやNPOを組織して必要な機能を委託し、行政との恊働をシステム化するのです。Q:それでは「やる人」と「やらない人」がはっきり分かれてしまいませんか?A:はっきり分けるためにそうするのです。Q:これ迄の相互扶助や「結い」の精神は滅ぶということでしょうか?A:滅びます。共同体が滅ぶからです。これからは市民の一人ひとりのネットワークの時代に入ります。Q:どうやってそうした事業をシステム化して行くのですか?A:まずは身近の「必要なこと」「できること」を有志で組織化して行くのです。行政は心ある市民に頭を下げて、予算を準備してお願いするところから始めます。始める気になったらまた呼んで下さい。

126号お知らせ
第101回生涯学習フォーラムin福岡
日時:2010年7月11日(日)15時-17時(今回は土曜日ではなく、日曜日です。お間違いなく。)場所:福岡県立社会教育総合センター(092-947-3511)
事例発表:交渉中論文発表:ボランティア「ただ」論の壁-ボランティア受け入れ風土の未成熟(三浦清一郎)
第10x回移動フォーラムinやまぐち
主催と場所と日程だけが決まりました。ご予定に入れていただけると幸いです。
主催:山口県生涯学習推進センター地域コーディネーター養成講座研修生同窓会日程:2010年11月20日-21日(土-日)場所:山口県セミナーパーク(山口市秋穂)

編集後記: 今を生きる
学生時代の友人が寮生活の日々を小説にしました。「融雪期」(山本茂 著、楡影舎、2010年)がそれです。筆者が18-19歳の時のことですから日ごろはほとんど思い出すこともなく忘却の彼方へしまい込んでいた青春でした。公私ともに人生色々ありましたが辛いことも嫌なことも時間の引き出しに仕舞って,未来の目標を語り、過去のことは語らないという信条を己に課して来たので思い出すことも稀でした。一切の同窓会に出席しなかったのも「過去のこと」はもういいと思うことにして来たからでした。 しかし、友人が描いた「融雪期」を読んで、青春はしまい込んでいただけで少しも色あせていないことが分かりました。ものの考え方・感じ方の原形もその頃に形成されたということも実感しました。今70歳になろうとして過去の節目節目の「選択」を反芻することも時にあります。しかし、時は帰らず人生のできごとはすべて「不帰」です。50歳になった時、傲慢・不覚にも十分思い通りの人生は生きたと錯覚して大学を辞め新しい仕事に就きました。人生は「刹那の華」で、過去はいずれ「紺青の海」に還ると思い定めて新しい己の戦場を探しました。自分のために遠く進軍のラッパを聞きたかったのです。大学に入学した頃と同じような「青臭い」青年の思いでした。しかし、新しい仕事もまた「隣りの芝生」で、己を賭けるほどの戦場にはなりませんでした。傷ついた10年を過ごしましたが、振り返れば大学改革に失敗した失意や怒りが今日の生き方に繋がっていると思います。友人の小説はそうした過去の連鎖を思い出させてくれました。すべての過去は今を生きるためにあったのだと思えることは幸せです。年を重ね、今年の花に逢うたびに今を懸命に生きることがどれほど大事であるかを実感しています。親しい人の死を思い、やがて来るであろう自分の死を思い、つくづくと命が惜しいと思います。ああでもない、こうでもないと行きつ戻りつして煩悶した原稿はようやく見切りを付けてペンを置きました。人の世の決断は「見る前に跳べ」ということなのでしょう。過日上京し、学文社の編集長に新刊「自分のためのボランティア」の原稿をお渡して来ました。9月には世に問うことになるでしょう。
暗黒に倒れ伏したるその時の無念を思い眠りがたかり
この世には本望の死はあり得ぬとしみじみ思うかの人倒る

「風の便り 」(第125号)

発行日:平成22年5月

発行者 三浦清一郎

長年一緒に活動して来た友人が四十数年の公務員生活を終えて退職しました。今は身辺整理やあいさつに忙しいでしょうが、それらのことが一段落した後、ほっとして油断すれば立ちどころに「自由の刑務所」に収監されます。「自由の刑」とは、文字通り自由が基本であり、あなたはどこへ行っても、何をしてもいいのですが、定年という事実は「する」ことも「行く所」もなくなるのです。これまで、現役の時代に、多くの人々がお辞儀をして来たのは「自分」にではなく、「自分の机」にであったこともやがて分かります。やがて「自分は何者なのか」という問いが始まります。果たして「自分はこの世に必要とされているのか」という問いも始まります。「定年うつ病」が急上昇するのはそのためです。解決策はたった一つです。労働に代わる活動を始めることです。彼の長い行政経験が最も生きるのはNPOでしょう。新しい著書の整理も兼ねてNPOが日本社会に何をもたらしたのか、個人にとってNPOの意味は何か、を整理してみました。

労働と並立したボランティア-NPOの登場-

1 NPOは労働と並立したボランティアです

原理的に、ボランティア活動は「労働」ではありませんが、「労働力」ではあります。「草刈十字軍」や「森林ボランティア」がかつて労働で処理してきたことを、ボランティアの活動で処理しているという事実がその証明です。当然、その逆も起り得ます。かつて、ボランティアが行なってきた福祉分野の奉仕やサービスの多くは、今やプロが担う「労働」になりました。「介護」の社会化がそれです。ボランティアが担当していた福祉サービスを「買う」時代が来たのです(*1)。ボランティア無償性の原理も、ボランティア「非労働力」論の論理も高齢社会の変化には抗し切れませんでした。NPOはボランティア活動の「労働化」の結果として生み出された活動です。 高齢化は介護の社会化を必然的に進めました。同様に、男女共同参画思想の浸透は養育の社会化をもたらしました。 高齢社会の介護は老老介護の現象一つを見ても、すでに家族・家庭の担当能力を越えてしまったからです。当然、介護に関わる専門の人々を配置しなければなりません。「有償ボランティア」(*2)によって福祉を買う時代が来た、と書物は指摘しています。長期で継続的なボランティアに「費用弁償」は当然の配慮です。NPOは労働と並立したボランティアが職業化した現象であると考えるべきでしょう。高齢化が進展して、まずは福祉分野に介護の社会化の時代が来たのです。職業としての介護が広く社会に認知され、「ヘルパー」という新語も生まれました。プロに労働の対価を支払うのは当然のことであるように、継続的なボランティアに「活動の費用」を支払うのも当然の配慮です。ボランテジアが組織化されてNPOになったということは、「職業化」し、「労働化」したということです。NPOに「労働の対価」を支払うのも論理の必然です。介護の社会化や養育の社会化が始まった現在、従来の「奉仕」論に引きずられた我が国のボランティア「ただ」論は非常識の限りなのです。福祉には様々な活動場面があります。プロとボランティアの線引きは決して簡単ではありません。職業としての介護が成立したということは、すでに介護が「労働」になったということを意味しています。ボランティアが「奉仕」として社会的弱者の世話や介護を担当してきた時代は変わったのです。福祉分野におけるボランティア「ただ」論も変わらざるを得ないのは当然なのです。

(*1)  M.マクレガー・ジェイムス/J.ジェランド・ケイタ-、小笠原慶彰訳、ボランティア・ガイドブック、1982年、pp.204-205

(*2) 「有償」とは、労働の対価を受け取るということではありません。活動の「費用弁償」を受けても労働の対価を求めないという意味です。労働の対価を求めるのならば、その活動はすでにその時点で「労働」であって「ボランティア」ではないからです。

2  NPO法と新旧2種類の日本人
現代の日本人には、新旧ふたりの日本人がいます。町内会の役員をまじめに引き受けているのは「従来の日本人」です。「従来の日本人」は、好むと好まざるとに関わらず、共同体のために働くことは己の義務であると考えています。それは共同体がもたらす「共益」の分配を受けるための条件だからです。それゆえ、「従来の日本人」とは多くの点で個人としてではなく、共同体の成員として活動に参加しています。町内会の役職もかならずしも喜んで引き受けているわけではありません。筆者は、近年、公民館長も務めましたが、それもくじ引きで決まったからにほかなりません。従来の日本人は共同体を重んじ、「共益」を分かち合う集団中心の発想を重んじてきました。共同体の発想に逆らってまで自立を主張するには、世間は厳しすぎ、日本人の主体性は柔すぎたのです。 ところが自分の中にもう一人の日本人がいます。ボランティアとして英会話を指導し、生涯学習フォーラムの研究会に参加し、生涯学習通信「風の便り」を編集している自分です。これらの活動はすべて筆者自身の主体的な「選択」に基づいています。みずからの興味と関心を出発点としています。活動の責任は自分にあることは十分自覚していますが、活動への義理や、義務感に縛られているわけではありません。少なくとも活動の出発点においては、みずから「喜んで」、「善かれ」と思って始めたものです。誰かに言われたから始めたのでも、義理で始めたものでもありません。自分が「好きで」「選択した」のです。それゆえ、生き方の「選択制」こそが主体的な活動の特徴です。そうした活動の選び方をするのが「新しい日本人」です。言うまでもありませんが、筆者の親しい人間関係は「従来の日本人」の中にはありません。「新しい日本人」の中にあります。人間関係もまた自らの責任で選択した結果だからです。

3 「新しい日本人」の代表はボランティア
共同体を離れた新しい日本人はボランティアに代表されます。新しい日本人の選択と決定は、基本的に既存の組織や共同体とは関係ありません。大袈裟に言えば、組織に縛られず、地域に縛られず、時には、国境にも縛られません。出発点は個人であり、参加はあくまでも個人の意思に基づいています。それゆえ、「新しい日本人」は、能動的で、動員されることを嫌います。行政に対しては、対等を主張し、客観的で、距離をおきます。協力するかしないかは、本人次第、行政の姿勢次第となります。新しい日本人は、自己責任を原則とした「個人」中心の発想を重んじます。それゆえ、「新しい日本人」は、集団に埋没することを嫌い、自分の「選択」を重視するのです。当然、新しい日本人は「自分流」の時代に生きています。 しかし、「古い日本人」と「新しい日本人」は別々に独立して存在するわけではありません。一人の個人の中に、新旧2種類の日本人が存在するのです。このことは、団体にも、グループ・サークルにも、新旧2種類の日本人がいるということを意味しています。生涯学習にも、まちづくりにも、新旧2種類の日本人が存在するのです。どちらのタイプのメンバーが多いかによって、グループの性格が決まります。NPO法が「促進する」としている市民活動の中にも当然、新しいボランティアの動きもあれば、従来からの共同体における相互扶助を重視する発想もあります。変化の時代は常に過渡期ですから、様々な活動が錯綜するのは当然なのです。 この過渡期にあって、NPO法は「新しい日本人」の活動を促進するための法律として誕生しました。NPO法の初めの発想と呼称が「市民活動促進法」であったということがそのことを象徴しています。どのような活動を選ぶか、選択の主体は個々の市民です。

4  “ボランティア先進国”には遠い
平成10年3月、日本のNPO法が成立しました。珍しいことに議員立法による制定でした。この法律の目標は、ボランティア先進国を目指すものである、と立法にかかわった熊代氏はその希望を記しています(*1)。熊代氏によれば、ボランティア先進国とは「やさしさと思いやりに満ちた社会」という意味です。しかし、これまでの共同体も「やさしさと思いやりに満ちた共同体」であったことは多くの人が指摘しているところです。共益を分かち合って生きた、人情味溢れる共同体の相互の助け合いを懐かしむ人も多いのは周知の通りです。その観点から見れば、共同体的人間関係が薄れた都会は人間の”砂漠”であると演歌が歌った通りです。 このことはボランティア先進国における「やさしさと思いやりに満ちた社会」と、従来の共同体における「やさしさと思いやりに満ちた社会」とは質的に異なることを暗示しているのです。個人の中に新旧二人の日本人がいるということはボランティア先進国はまだまだ遠いということを意味しています。共同体発想の「奉仕」と「日本型ボランティア」が混同されてボランティアが盛んになっているような錯覚を生じているのでしょう。
(*1)  熊代昭彦編著、日本のNPO法、ぎょうせい、平成10年、まえがき

5  「自治」と「公益」-存在しなかった「市民活動促進」のための法律
近年、都市を中心に、自主的で、多様な市民活動が徐々に拡大しています。しかし、NPO法が登場するまで日本社会には自由な市民活動を支援する法律は存在しませんでした。NPO法は市民活動の内容を「特定」かつ「非営利」に限定しました。「特定」とは指定された分野があることを意味し、「非営利」とは「再分配のために利益を追求しない」という意味です。そのため名称は「特定非営利活動促進法」(以下NPO法)と決まりした。NPO法は、初めて、「法」によって「市民活動」を促進するシステムを具体化したのです。その目的はボランティア活動と重なり、「自治」の拡大と「公益」の増進が2大目標です。活動の「自己責任」が強調されるのは、市民活動の自由と自治の思想が活動の根幹にあるからです。また、「不特定多数の人々のための利益」が活動の目標になるのは、「公益」の思想に由来しています。「不特定多数の人々」とは「一般的他者」と同じ意味です。「公益」とは英語のPublic Interestの意味ですから、これもまた精神において、ボランティアの「社会貢献」と重なります。市民活動における市民とは自らの自治によって、公益を支える人々という意味になり、ここでもボランティアの精神と同じです。共同体文化と根本的に違うところはサービスの対象を市民社会一般に拡大したということです。 NPOによる活動が盛んである社会とそうでない社会の違いは、文化の中にボランティアや住民自治の思想が強く育まれていた社会とそうでない社会の違いであるということになります。日本社会は「お上」に寄り掛かって来た風土でしたから自治の精神も、ボランティアの精神も希薄でした。共同体は一見自治機能を有していたように見えますが、集団と対立する個人の自由は認めていませんでした。行政の下受け組織の側面が強かったことも周知の事実です。それゆえ、共同体集団における個人にとって、住民自治の発想は遠いものであったことは言うまでもありません。NPO法の発想は、共同体には決して存在することのなかった個人の自由と自治思想を結合したものです。法律の名称が「特定」の「非営利」の活動を「促進」する「法律」というように長い「説明文」になっていて、通常は横文字の略語で呼ばれるのもうなずけるというものです。共同体にとっては、「非営利団体」とか「非政府組織」という日本語もなじみが薄い概念です。共同体に帰属した団体は必ず「共益」のための団体であり、「行政」に服従し、行政の下受けとして機能して来たことは周知の事実だからです。私たちに身近な「社会教育関係団体」(*1)と呼ばれる子ども会も婦人会もPTAも行政から補助金を交付されて行政のシンパとなった組織です。 もともと欧米型のボランティアは、宗教上の信仰を源流とし、「神との約束」に基づく「隣人愛」の思想を基本としていました。しかし、日本文化では、仏教も、神道も、儒教も、「個人」の主体性を強調するよりは、共同体の共益を強調しました。それゆえ、われわれの日常は、個人の主体性を基盤としたボランティアの精神からは遠かったのです。 日本社会の相互の助け合いは、共同体の「共益」と「義理」を発生源とし、「報恩」や「共同義務」の観念を基本とした集団管理型のシステムでした。それはボランティアやNPOのいう「公益」ではなく、特定集団に限定された「共益」を追求する思想でした。共益とはマンションの「共益費」の考え方と同じです。「共益費」には、払うか払わないか選択の余地はほとんどありません。払わない限り、共益は分配されないからです。町内会費の支払いも町内会事業への参加原則も同じです。町内会の共同作業への参加は慣習上、選択の自由はありません。それはお互いの利益を守るという「大義」のための、共同の義理であり、共同の義務だからです。参加しない者には、多くの土地で、「出不足金」のような罰金すら課される慣習が生き続けてきたのです。それゆえ、「共益」とは、閉じられたグループ内の相互支援システムの思想だと言えます。マンションの共益費の及ぶ範囲がマンションの住人を越えることがないように、町内会の助け合いが、町内の境界を越えることもまずありません。共同体が主役であった社会に「市民活動促進」のための法律が存在しなかったのは当然だったのです。
(*1)社会教育法の第10条-14条で規定されていて、行政の支援を受けることができるとされています。

6  「市民」とは誰か?
NPO法は名称の出発点から「市民」と言う用語にこだわっています。市民社会と言う時の「市民」とは、思想的な存在であり、思想的な用語です。「そこに住んでいる人」という意味であれば、「住民」でいい筈でしょう。また、自治体の規模によって呼び方を変えるという時は、「都民」、「県民」、「市民」、「町民」、「村民」と呼ぶ筈です。これらは「単位別自治体住民」の呼称です。もちろん、市民社会と言う時の「市民」は、単位別自治体住民のことではありません。 一方、日本社会には「公民」の概念があります。公民館の「公民」です。語感から言えば、市民社会と言う時の「市民」は、「公民」に最も近い感覚だと思いますが、日本社会では法律上「公民」概念を限定して使っています。辞書は、「公民」を、「国政に参与する地位における国民又は旧市町村制度において公務に参与する権利・義務を有した者」(広辞苑)と定義しています。したがって、「公民権」とは、”国会または地方公共団体の議会に関する選挙権・非選挙権を通じて政治に参与する地位・資格”(広辞苑)ということに意味が限定されているのです。 こうした状況では、「市民」の概念もまさしく混乱せざるを得ませんが、NPO法が想定している「市民」は、市民社会と言う時の市民です。広辞苑は、市民社会とは、「自由経済にもとづく法治組織の共同社会」、「その道徳理念は自由、平等、博愛」であると説明しています。したがって、市民とは、そのような社会を支える構成員の意味です。牛山氏は、「市民」の最重要特徴を「自発性」であるとし、市民の自発性の故に、NPOは政府を批判したり、政府と対立したりもすると指摘しています。“行政の下請けに終始すれば、新しい社会セクターとしての存在意義はない”、と言うのです(*1)。まさしく、行政の下受けをして来た町内会のような共同体的集団とは違うのだということを言っているのです。 それゆえ、日本NPOセンターを立ち上げた山岡義典氏は、村にも「市民」がいて、都民の中にも「市民」はいると言っています。ここでも注目しているのは市民の「主体性」と「自発性」です。日本型ボランティアは個人の自由を基盤とする、という筆者の指摘と同じです。したがって、山岡氏の「市民活動」の定義は、「市民社会をつくる活動」ということになります(*2)。広辞苑の言う「自由、平等、博愛」の理念を具体化する「市民社会をつくる活動」こそが、NPO法が目指す「公益」につながるという認識です。仙台NPO研究会は、NPO活動の目的は「公益」の増進であるが、「公益」という用語に代えて「社会的課題の解決を志向する」という表現を使うこともあり得るのではという提案をしています(*3)。NPOは「日本型ボランティア」から発生していることを彷彿とさせます。ここで言われる「社会的課題」が組織や、地域や、国境を越えて発想されるのであれば、それは「不特定多数の利益」に資することになりますから、「社会貢献」と言い換えても大きな違いはない筈です。NPOはボランティアが組織化された社会貢献のための組織であり、分配のための利益を目的としない限り労働の対価を受け取ることも許されています。NPOは、労働と並立したボランティアの組織化であると言って当たらずとも遠からずということでしょう。
(*1) 牛山久仁彦、日本におけるNPOの現状、辻山幸宣編、住民・行政の協働、ぎょうせい、平成10年、p.71(*2) 山岡義典、時代が動く時、ぎょうせい、平成11年、p.82(*3) 公務員のためのNPO読本、仙台NPO研究会編、ぎょうせい、1999年、p.26

7  「選択的」市民活動の促進
NPO法の最大の功績は「選択的」市民活動の下地を作ったことです。共同体が衰退して地域社会は選択的人間関係を原則とするようになりました。ボランティアも当然本人の意志次第であり、選択的です。 それゆえ、選択的市民活動というのは、第一に市民が主役であることを意味しています。したがって、活動は「義理」でも、「義務」でもありません。すなわち、人々の自由な活動を促進することが目的です。NPOは「非営利」の意味ですが、あくまでも「民間」の団体を意味しています。同じ「非営利」でも、行政や特殊法人・公益法人とは異なるのです。その意味で、NPOはNGOと同じです。即ち、NPOも、NGOも、「非営利」で、「非政府組織」すなわち「民間」という意味です。 第二に、市民の活動は「選択の自由」を原理とします。したがって、活動の出発点はボランティアの思想と同じです。ボランティアは本人の「選択」こそが命です。しかし、何をやってもいいという意味ではありません。実際の市民活動にはいろいろあるからです。営利を目的にしないという基準によって、同じ民間でも、企業活動などと区別をしたのです。NPO法の特質は、市民活動に縛りをかけて、「特定」の分野に限定し、しかも「非営利」としたのです。NPOの活動こそ「労働のやり甲斐」と「労働の対価を求めないボランティア」を結合したものだからです。もちろん、「特定非営利」とは、「収益事業」をしないという意味ではありません。活動によって得た利益をメンバーに分配しないという意味です。このルールによって、NPOの活動者は、個人の「儲けを追求しない」という点で「労働の対価は求めない」というボランティアの趣旨とつながっているのです。NPO法の成立によって日本がボランティア先進国になるのではないかという期待はそこから生まれてくるのです。
8  「促進」と「支援」
意識して使用しているかどうかは別として、NPO法の解説書には、「促進」と「支援」の用語が登場します。言葉の意味をいちいちあげつらうつもりはありませんが、促進は英語でpromote、支援はsupportです。当然、支援も促進機能の一部ですが、支援を受けて活動する場合と、自ら頑張って活動する場合では、団体の「気合い」と「姿勢」が違ってくる筈です。上記の通り、NPO法の出発点は市民活動の促進であり、支援ではありません。法律の当初案に冠された「市民活動促進法」という名称における「促進」の思想は、直接的な支援を意味するものではなく、新しい日本人の活動のための環境整備をする間接的応援を意味していたという理解で解説書が一致しています。 一方、NPOは「市民主体」であると一方でいいながら、他方では、行政任務の一環として、直接的に活動を支援したり、NPO団体を育成すべきであるという意見もあります。しかし、行政の直接的関与は、明らかにNPO法の趣旨に矛盾します。法に言うところの市民主体の活動は市民自身が開拓しなければならないことは自明です。したがって、NPO法が示唆する行政の役割は、市民活動に対する制約・干渉を排し、環境を整え、活動の自由を保障し、情報の公開を求めることになります。そこから先は市民自身が開拓すべき領域です。   多くの解説書がNPOに対する行政の「支援」という用語を使用していますが、「支援」は、従来の日本人及び旧来の団体・組織に対する直接的応援の意味です。社会教育関係団体を始め、各種の民間団体に対する「補助金」の交付や「事務支援」のたぐいは「支援」の大義の下に行なわれた実質的な援助です。 共同体文化の下の住民組織はそのほとんどが「お上」によって育成され、保護されてきた団体です。町内会(法律上は行政組織と無関係)も、衛生組合連合会(厚生労働省)も、保護司会(法務省)も、民生・児童委員会(厚生労働省)も、人権擁護委員会(法務省)も、食生活改善推進協議会(厚生労働省)も、子ども会も、婦人会も、青少年育成会も、PTA(以上は文部科学省)も、直接的被支援団体であることは周知の事実です。これらはすべて共同体を基盤とする組織です。個人の自発的な選択によって組織された団体ではありません。旧来の多くの組織は、補助金交付から、団体の事務局機能の代行にいたるまで、行政の直接的「支援」(援助)によって支えられてきたのです。共同体の力が衰退した今、おそらく、行政の直接的援助無しには上記の組織が存続することは不可能でしょう。ボランティアやNPOを上記旧来の被支援組織と混同して、行政の隙間を埋める補助機能のように解説する人がいますが、全くの見当違いです。日本社会では、政治や行政組織のあり方を変革するスピードが遅く、ようやく「事業仕分け」が始まったばかりの過渡期です。当然、新旧両方の組織が同時存在していますが、やがてボランティアやNPOが、旧来の被支援組織の機能を代替する日がやって来ることでしょう。その時、新組織の最大の特性は行政と対等の関係にあるということです。  個人の中にも、集団の中にも、遅まきながら行政職員の中にも新旧2種類の日本人が混在しています。したがって、行政による異なった応援の仕方が混在しているのもまた当然なのです。それが「促進」と「支援」の違いになって現われているのです。

9  NPO法の選択
既存の社会教育活動の大部分は、子ども会活動から、高齢者教室に至るまで、従来の日本人、旧来の日本組織を代表しています。しかし、NPO法の施行によって状況は一変しました。最大の要因はこの「法」が求める「自己責任」への期待と「情報公開」の原則です。旧来の主要組織は行政の補助金と事務局機能の代行または補助によって辛うじてその活動を存続して来た事実は上記の通りです。しかし、無数のNPO法人が誕生し、自前の活動を開始する時、旧来の団体組織のみが行政に”おんぶにだっこ”で甘え続けることはできません。NPO法人の場合、情報公開の原則により、それぞれの活動内容および財務内容も公開されるようになります。そうなれば必ず、団体間の自助努力の「差」が明らかになります。行政が、Aの組織の面倒を見て、Bの組織の面倒を見ないのはなぜかという疑問も生じることでしょう。 具体的に言えば、社会教育関係団体等行政にとって都合のいい団体の面倒は見ても、それ以外のNPO法人の面倒は見ないとなれば、必ずその理由が問われることになる筈です。A団体の活動の方が、B団体の活動より社会的貢献度が高いというのであれば、その評価理由を明らかにしなければなりません。それゆえ、既存の支援団体についても、今後、支援を続けるか、続けないかの説明責任も果たさなければなりません。そうなれば、当然、「支援」の対象は、団体ではなく、個別の事業に変更せざるを得ない筈です。かくして、事業間の切磋琢磨が始まり、行政は、子ども会や、婦人会など既存の「被支援団体」に対する従来の支援のあり方を見直さざるを得なくなるのです。 行政の被支援団体は社会教育関係団体を始め、共同体文化の影響を強く受けた集団です。今やそうした集団にも、新旧2種類の日本人及び新旧2種類の組織観が混在するようになり、共同体の衰退と時を同じくして衰退傾向が続いています。一方、NPO法が選択したのは「新しい日本人」の活動です。NPO法が想定しているのは、ボランティアの精神を起点とする主体的で、自発的な、新しい日本人の社会貢献活動の促進なのです。

10  市民活動の多重機能
市民活動が活発化した第一の理由は、市民自治への要求と自信の高まりであるということに誤りはないでしょう。しかし、市民の自由な活動の背景は決してそれだけではありません。人々は活動に生き甲斐や他者との絆を求めているのです。ボランティア活動も、生涯学習も、それぞれの活動内容に加えて、「縁」を取り結ぶ機能、生き甲斐を充実する機能など多様な機能を併せ持っています。当然、市民活動も同じです。もちろん、活動が交流を促進するという副次機能は国境を越えても同じです。アメリカの「非営利団体」の管理論を説くウィルバーは、”非営利団体は組織を立ち上げた理由である奉仕の対象者の手助けをするが、同時に、活動者の人間的なニーズを満たしているのである“、と指摘しています(*5)。活動の目的の中に、「自分のため」と「他者のため」は併存しているのです。 日本での認識も同じです。「NPOは公益的サービスの提供主体としての役割や、新しい時代の新しい発想の担い手としての重要性に加え、活動する人たち自身にとっては大切な自己実現の場となっている」(*6)という指摘がそれです。  ボランティア活動がボランティア自身を支えるように、NPO活動も活動者自身を支えるのです。「自分のため」のボランティア、「自分のため」のNPOは、市民活動の”隠れたカリキュラム”です。「自分のため」の生き甲斐の探求を抜きにして市民活動も、ボランティアもエネルギーを自家発電できる筈はないのです。ボランティアの志は廻り廻って常に社会貢献と自己実現の両方を同時に追求しているのです。「情けは人のためならず」なのです。
(*5)  ロバート・H・ウィルバー、みんなのNPO、海象社、p.3(*6)  公務員のためのNPO読本、仙台NPO研究会編、ぎょうせい、1999年、p.30
11  NPO法が規定する「特定非営利活動法人」とはなにか?
立法にかかわった熊代昭彦議員はNPO法を100年ぶりの革命的意義を持つ法律であると評価しています。その理由は、NPO法が従来の「民法の隙き間」を埋めた市民活動を応援する法律だからです。応援法の応援法たる所以は市民グループが極めて簡単に法人格を取得することを可能にしたことです。以下は熊代氏が指摘する法の要点です(*1)。
1  10人集まれば、法人格(特定非営利活動法人)が取れる2  基本財産は不要3  年間の会費収入も必要なだけあればいい4  認証の条件がすべて法律に書いてあり、官僚の自由裁量の余地がない5  三年間報告がなければ認証を取り消すことができる6  都道府県知事の認証で、日本中、世界中で活躍ができる7  全員が外国人でも法人格が取れる―「フリー、フェアー、グローバル」を体現8  情報公開を徹底9  制度悪用に対する対応措置を導入
(*1)  熊代昭彦編著、日本のNPO法、ぎょうせい、平成10年、pp.3-6

12  「民法の隙間」とはなにか?
民法の制定は1896年(明治29年)です。その民法が定める「公益法人」は社団法人と財団法人です(民法第34条)。その他はすべて個別の特別法による規定です。例えば学校法人は「学校教育法」であり、社会福祉法人は「社会福祉事業法」で規定されています。同じく、労働組合は「労働組合法」で、宗教法人は「宗教法人法」によって規定されています。商工組合も日本育英会もそれぞれ個別の法律によって規定されています。 NPO法はこれら非営利の法人に加えて、市民活動を行なうグループ・団体を文化横断的・社会横断的にNPO法人(「特定非営利活動法人」)の呼称のもとに統括したのです。法人化を認証する条件のひとつが「不特定かつ多数のものの利益」を増進することと定められました。先の熊代氏は、「公益」と「不特定かつ多数のものの利益」は同義であるとしています。それゆえ、NPO法は、民法34条の「公益法人(社団法人、財団法人)の特別法として位置付けられたことになると指摘しています(*1)。文化横断的・社会横断的に謳い上げられた活動は17領域であり、それがそのままNPO法が示す「市民活動」の内容であり、各団体・グループの事業領域です(*2)。
(*1)熊代昭彦編著、日本のNPO法、ぎょうせい、平成10年、p.66
(*2)NPO法第2条の別表に掲げる活動に該当する活動(別表)
i保健、医療又は福祉の増進を図る活動 ii社会教育の増進を図る活動 iiiまちづくりの推進を図る活動 iv学術、文化、芸術又はスポーツの振興を図る活動 v環境の保全を図る活動 vi災害救援活動 vii地域安全活動 viii人権の擁護又は平和の推進を図る活動 ix国際協力の活動 x男女共同参画社会の形成の促進を図る活動 xi子どもの健全育成を図る活動 xii情報化社会の発展を図る活動 xiii科学技術の振興を図る活動 xiv経済活動の活性化を図る活動 xv職業能力の開発又は雇用機会の拡充を支援する活動 xvi消費者の保護を図る活動 xvii前各号に掲げる活動を行う団体の運営又は活動に関する連絡、助言又は援助の活動

13  行政による「公益」独占状況の修正
これまで「公」とは、ほぼ「行政」と同義であり、「官」と同じ意味でした。それゆえ、「公益」に関する事業は行政の独占に近い状況にあったということです。民間の団体は、法人格を持つか持たないかに関わらず、行政の認知によって、初めて「公益」に貢献していると判断されて来たのです。「公益法人」の名称が雄弁に語っているところです。「公益」に資するか否かの認知権は行政が独占していました。すべての社会教育関係団体も、福祉関係団体も、官が公益に資するという認定を与えない限り、制度的に認知された団体としての活動は出来ませんでした。当然、行政からの支援(援助)も得られません。従来の「公益法人」、あるいは「非営利」の法人は、社団法人も、財団法人も、宗教法人も、労働組合も、商工組合も、すべて民法あるいは特別法の規定によって行政が認可するものです。行政の認可とは官僚の自由裁量の結果によって決まるという意味でもあります。 NPO法は、「許可」を、「認証」に変え、認証条件を法律に明記しました。従来とは比較にならない簡便な方法で、市民活動団体が法人格を取得することができるようになったのです。このことは、行政が「公益」の認知を独占しないことになったという意味です。市民がNPO法に則って、それぞれの活動に取り組む時、それはほぼ自動的に「公益」に資する活動と認められるシステムができ上がったのです。かくして、NPO法は、行政による「公益」の独占状態を一挙に修正することになりました。
14  NPO法人のメリット
NPO法はこれまでの「任意団体」に「法人格」を与えることになりました。個人で行なうボランティアと比較してみると、「法人格」を得るということがどれほど重大な意味を持つかが分かる筈です。「法人格」を持つとは、団体の活動を社会が制度的に承認するという意味です。法人格がなければ、その活動が社会的に認知される保障は全くありません。しかし、NPO法は、次のようなメリットをもたらしたと指摘されています(*1)。課題の税制も改正の一歩が進められました(*2)。
1 契約の主体に成れる2 受託事業や補助金を受けやすくなる3 公的な施設を利用しやすい4 社会的な信用が生まれやすい
(*1) 米田雅子、NPO法人をつくろう、東洋経済新報社、1999年、p.20
(*2)  現在の NPO 法人税制NPO 法人の財政を支援する税制として、 NPO 法人の支出を少なくするために法人税の負担を 軽減する措置と、 NPO 法人の収入源の一つである寄付を増やすために寄付金税制を拡充する 措置の二つが主な課題となっています。
15  NPOによる行政の変革-「公益」を推進するパートナーの登場
NPO法人が「公益」を担う団体と認証された時から、行政による「公益」の独占状態が終わりました。NPO法が定める法人は公益の活動を行なう行政のパートナーとなり得ます。行政による「認可」のシステムをとらないことによって、NPO法人は、従来のどの団体よりも行政に対する「対等性」が保証されているのです。行政の許可が必要でないということはNPOの側に法律上の不正がない限り、行政は命令も、指示もできないという意味です。かくして、行政とNPOの「協働」概念が登場するのです。原理的には、ボランティアと行政の関係も同じです。対等の関係にあるパートナーが、共同・協力して働くことが「協働」という意味です。 最後に残された問題はまたしても行政の縦割りでしょう。NPO法人の認証申請手続きが画期的に行政の縦割りを排したにも関わらず、都道府県の条例如何では再びそれぞれの行政分野ごとのNPO法人がつくられかねないからです。生涯学習関係のNPO法人が、既存の社会教育関係団体と同じ行政上の取扱いになるのか、行政の対応が問われているのです。しかし、今のままでは、生涯学習行政が総合化できないように、NPO法人の活動も総合化できない危険性は高いのです。

16  百家争鳴の活力-「社会的課題」に取組む「ベンチャー・プロジェクト」
「従来の日本人」と「新しい日本人」のひとつの違いは、「個人の力」に対する信頼度の違いです。「従来の日本人」はみんなの意見が揃わないと「事は始まらない」、と信じていました。これに対して、「新しい日本人」は、みんなの意見が揃うことは大切であるが、揃わなくても「事を始めよう」と考えています。 まちづくりにおいては、みんなの意見、みんなの参加が大切であるとたいていの本に書いてあります。「みんな」というのはほぼ間違いなく「従来の日本人」のことでしょう。まちづくりを主導する行政は、若者といえば、若者グループの合意を想定し、女性といえば女性団体のまとまりを必要として来ました。共同体の文化風土においては、「みんなで一緒にやる」ことが行政が責任を問われない「保険」だったからです。「みんなで渡れば恐くない」ということでした。 しかし、みんなの覚醒を待っていたらいつまでたっても「新しいこと」・「革新的なこと」は始められないことは日本の地方史が証明しています。マズローの研究を引き合いに出すまでもなく、どこのまちでも、どんな組織でも、新しいことの提唱者・実践者(マズローは「革新者:Innovator」と呼びました)は人口の3%程度しか存在しないのです。時代の風が吹いて、時間が経てば、いずれ革新者のアイディアも多数者のアイディアに変わりますが、それには膨大な時間とエネルギーを要します。それがこれまでのまちづくりの歴史でした。歴史のある時期に、多数者の考えをまとめようとすれば、通常、当代、当地の常識の範囲を出ることはないでしょう。まちづくりにせよ、活性化戦略のイベントにせよ、「みんなの意見」の平均や常識からユニークな視点は出てこないことは多くの成功実践が証明しています。まちづくりなどに現れる個性とは「常識」の対立概念にこそ近いのです。まちづくりに限らず日本社会の「新しい発想」が、実は何も新しくなく、何処でも似たような「金太郎飴」になるのは、共同体文化の慣習を引きずって「みんなの意見」を寄せ集めて来たからです。通常、画期的なことは全員の合意の中からは生まれません。「まちづくり民主主義」の死角であると言っていいでしょう。新しい企業活動の創造に「ベンチャー」の育成が必要であるように、まちづくりにも「ベンチャー・プロジェクト」が必要になるのは当然のことです。ベンチャーとは、もちろん、「冒険」を試みるという意味です。日本社会がベンチャー・ビジネスを育てることに遅れをとったように、まちづくりはベンチャー・プロジェクトを生み出すことに失敗しているのです。そのような過去の事実に鑑みて、NPO法は、まちづくりのベンチャー(冒険)を育てるための法律であると言い換えてもいいのではないでしょうか。    この意味で日本NPOセンターの山岡氏が指摘する市民活動の四つの性格は重要です。4つとは、①先駆性、②多元性、③批判性、④人間性です(*1)。 先駆性とは、革新的NPOの”冒険”によって、個人または少数グループの新しいアイディアを実行に移すことが可能になったということです。 多元性とは、まさにNPOの百家争鳴のことです。異なった発想、多様なエネルギーが衝突して活動の触媒機能や活性化の条件が整うという意味です。 批判性とは、行政と対等なNPOの登場によって、社会システムと行政活動に対するチェック機能が充実することにほかなりません。 最後の人間性は、多様なNPOの出会いによる、多様な人間相互の交流が促進されるということです。 公平の原則、平等の原理、税金の投入などの「しばり」で従来の行政には実行出来なかったことも、NPOであれば可能になります。ボランティアもNPOも公平である必要はなく、平等である必要もなく、公金を使わなければ自由な活動が保障されます。ボランティアもNPOも最重要の社会的課題は「他者への貢献」ですが、参加者の最大の個人的目的は生き甲斐の探求と絆の形成だからです。 これら4つの視点は、行政の性格上、行政事業にはほとんど存在しません。また仮に、個別の行政マンに上記の視点を有する方々が存在したとしても、システムの性格上、行政ではほとんど活かすことができないのです。(*1)
山岡義典、時代が動く時、ぎょうせい、平成11年、pp.56~61

§MESSAGE TO AND FROM§
お便りありがとうございました。今回もまたいつものように編集者の思いが広がるままに、お便りの御紹介と御返事を兼ねた通信に致しました。皆さまの意に添わないところがございましたらどうぞ御寛容にお許し下さい。
東京都八王子市 瀬沼克彰 様
ご著書「まちづくり市民大学」を拝受いたしました。恐るべき筆力に舌を巻いております。編集後記に紹介しましたように私たちも29年の大会史を振り返ってこれからの日本が当面するであろう「未来の必要」の執筆を開始いたしました。来年は節目となる30周年大会です。手づくりの大会ですがお時間が取れるようでしたらどうぞお出かけ下さい。
中嶋正信 様
おそらく第1回から今まで連続してご参加を頂いているのは森本前教育長とあなたと私の3名ぐらいになったですね。皆さんとの記念写真をありがとうございました。福岡教育大学の中庭の噴水を囲んで社会教育の未来を語り合ったひと時がつい昨日のことのようです。あなたが中心となられた北九州社会教育講師団の白盧会も35周年を向かえたのですね。皆さまの研修会にお招きいただいて学社複合施設論を展開したことを思い出します。私が構想した宗像市の学社融合施設構想は当時の学校教育課長の裏の画策でつぶれましたが、20数年のときを経て今度は飯塚市が旧頴田町に新しい小中一貫でしかも学社複合の施設を構想中です。われわれも年をとりましたが思い出話を止めて未来を構想し続けたいものです。
広島県廿日市市 川田裕子 様
来年の記念大会はビッグフィールドの子どもたちに会えるでしょうか?正留先生の実行委員就任も内定し、広島の戦力が向上しました。尾道の皆さんもいるし、前の実行委員の中村さんも石川さんも健在です。機会があればいずれどこかで移
動フォーラムを企画しましょう。楽しみにしております。
島根県雲南市 和田 明 様
懐かしい皆さんのお顔が見えて何よりでした。松江の神門校長にも島根大の澤先生と相談して島根移動フォーラムを実現しようと相談しました。地理的には雲南ぐらいが丁度いいのではないでしょうか?来年は30回大会を迎えます。細々と九州大会を続けていた頃、先生のご尽力で島根との交流の道が開けました。小生が元気なうちに一度は恩返しのフォーラムをお届けしたいものです。
鳥取県日吉津村 橋田和久 様
父上のことお悔やみ申し上げます。ご不幸を存じませんでしたが小生の提案に重なった父上の生き方の偶然をふしぎな思いで受けとめています。お便りを拝見して「生涯現役」論にいささかの自信を持ちました。自分も老衰に倒れるまで志を曲げず、現在の生き方を続けたいものと切望しております。今回の西部地区研修会に福岡からまた何人かが参加します。「海原荘」の交流会を楽しみにしております。
島根県益田市 大畑伸幸 様
現役を退いた瞬間から何を話しても中身は過去のことになります。個人にとって生涯現役が重要なのは未来の話をし続けるためです。私が現役にこだわるのも「昔の名前で出ています」にならないためです。交流会でのあなたの未来計画を面白く聞きました。矢野大和氏が証人です。学社連携を推進し、子育て支援の縦割り行政を粉砕する未来の大畑教育長の登場を楽しみにしております。もちろん、政治や中央教育行政の発想が変わらない限り、誰が教育長になってもやれることはたかが知れているのですが・・・。
愛媛県松山市 上田和子 様
婦人会の「はらおどり」のCDをありがとうございました。歌い手が上手なのでわが拙い歌詞も生きました。皆様に使っていただいて光栄に思います。一度皆さんが演じるホンモノの舞台を拝見したいものです。関係者によろしくお伝え下さい。11月大洲大会での再会を楽しみにしています。
佐賀県佐賀市 秋山千潮 様
この度は再会が叶わずまことに残念でした。その後、あなたの方はすべて順調であることをお祈り申し上げております。おかげさまで第29回大会は史上最多の参加者を得て無事終了いたしました。あなたにお見せしたい発表がいくつもありました。佐賀の皆様とも楽しい交流のひと時を持つことができました。 お届け頂いた名物の羊羹は、惜しみながら毎日一切れずつ原稿が捗ったときの自分への褒美にしております。羊羹がなくなる前に原稿を仕上げるつもりですが、今回はその一部を巻頭のNPO論文として紹介しております。加齢とともに小生にもいろいろ身体の故障が起こり始めしたが、日々「読み、書き、体操、ボランティア」を忘れずに実践しております。
過分の郵送料を頂きありがとうございました。広島県廿日市市 川田裕子 様島根県雲南市 和田 明 様

125号お知らせ

第100回記念生涯学習フォーラムin福岡
日時:2010年6月12日(土)13-17時場所:福岡県立社会教育総合センター(092-947-3511)第1部:リレートーク:「あなたが考える社会教育の現代的課題」*日本社会が当面している様々な課題を材料として、古市勝也(九共大)、大島まな(九女短大)、森本精造(前飯塚市教育長)、黒田修三(県立社教センタ―)ほかの方々の問題提起を受けて、リレートークを行います。以下はその切り口の一例です。      ①子育支援のために公民館は何ができるのか?     ②高齢者の元気を維持し、活力を引き出す方法はあるか?     ③学社連携は実現するか、何をするか、誰がするのか?     ④長期休暇中の青少年プログラムに何を選ぶか?     ⑤社会教育はNPOやボランティアと恊働しているか?     ⑥社会教育職員の研修と交流はどうあればいいのか?     ⑦その他                (コーディネーター 三浦 清一郎)          第2部:ミニ講演  「日本型ボランティアの誕生-社会教育の新しい挑戦」(仮)       生涯学習・社会システム研究者  三浦 清一郎*終了後センターにおいて交流会を企画しております。お楽しみに。

編集後記30周年記念出版「未来の必要-生涯学習立国の条件」
以下は第29回中国・四国・九州地区生涯学習実践研究交流会実行委員会で報告・提案した第30回大会記念出版の企画原案とこれまでの作業過程の報告です。ご欠席の実行委員のみなさんにお知らせを兼ねて執筆参加のご案内を申し上げます。
1 これまでの作業経緯と編集方針
前回実行委員会でご報告以来、すでに1年以上作業を継続して来ました。これまでに、森本精造、古市勝也、大島まな、黒田修三、永渕美法の各氏が報告・提案を行なっています。
2  編集方針
(1)  企画・執筆への参加は公開で全実行委員にオープンにしています。福岡で開催する「生涯学習フォーラム・編集委員会in福岡」のお知らせは本「風の便り」紙上で行なっています。
(2) 執筆をご希望の方は以下の編集方針に合意の上、ご自分の提案のレジュメを作成し、フォーラムに出席の上、報告し、参加者の討議を経た上で原稿化して提出して頂くことになります。提出された各原稿の編集上の補筆修正は編集代表の三浦が行ないますので予めご了解下さい。
(3) 提案・執筆の視点
執筆の視点は、記念誌表題のとおり、「過去の総括」ではなく「未来の必要」を論じます。交流会30年の歴史を振り返って、必ず大会発表事例を分析の素材として活用し、下敷きにして下さい。論じていただきたいことは、発表事例の分析から見えて来る「未来の必要」です。ただし、過去の事例はあくまでも分析上の素材として活用し、「未来の政策提言」に重点を置くため、事例紹介は必要最小限に留めていただきます。
(4) 過去の発表資料
過去29年間の発表事例の資料は福岡県立社会教育総合センター図書室に保存してあります。

 

「風の便り 」(第124号)

発行日:平成22年4月
発行者 三浦清一郎

情けは人のためならず-双方向の情緒的交流

1 「世のため」、「人のため」、「自分のため」!?

「シニアライフ大百科」には、ボランティアは「世のため」、「人のため」、「自分のため」と簡潔な定義がありました。定義の簡潔性には大いに賛同しますが、順序がちがうのではないでしょうか?日本型ボランティは、さびしい日本人が辿り着いた結論ですから、まず「自分のため」が先で、続いて「世のため」、「人のため」です。日本型ボランティアは、欧米型ボランティアのように「神との約束」に基づく宗教上の実践を起源とはしていません。他者や社会に役立つ行動であっても、信仰上の「信条」を持たない以上、具体的に自分に返って来るものがなく、自分が納得できない事は続かないのです。前掲書が「自分が出来るボランティアの見つけ方」という特別項目を設けて解説しているのはまさしく「自分の在り方」、「自分にとっての意味」が活動のカギになるからなのです(*1)。
日本型ボランティアの出発点は、文字通り、「情け」は「人のため」ではなく、少なくとも半分はまさしく「自分のため」なのです。
ボランティアであると否かにかかわらず,人間を対象としたあらゆる社会的活動がもたらす反応は双方向的です。あなたの働きかけが相手に受け入れられようと,受け入れられまいと、また、好悪・善悪に関わらず,相手の反応は返って来ます。たとえ、具体的には「無反応」の場合ですらも,「無視された」という「反応」になります。もちろん,ボランティアのように他者の必要に応え,他者の存在に尽くせば基本的に感謝や喜びの反応として返って来ます。ボランティアの実践者にとって,実際の活動の成果に優るとも劣らぬ重要性を持つのが他者の好意的な反応です。他者から放射される感謝や喜びこそが実践者の「役立ち感情」を保障します。自分の思いが相手に通じて感謝や喜びをもって迎え入れられるということは双方向の情緒的交流を意味します。社会貢献や他者への貢献を活動の原理とするボランティアは疑いなく世間や他者の拍手や感謝を最大限に保障するのです。

2 日本型ボランティアの原理-「情けは人のためならず」

共同体が衰退し,共同体的人間関係を失って大量に発生した「さびしい日本人」が、欧米文化を発生源とするボランティアの精神を徐々に受け入れ始めた最大の理由が「双方向の情緒的交流」にあります。換言すれば、ボランティアの社会貢献を通して、他者からの「感謝」と世間の「賛同」を求めたということです。日本型ボランティアの原理こそ「情けは人のためならず」なのです。求めたものは人間の「絆」でした。絆を構成するものは、共感を基盤とする温かい人間交流です。人々はボランティア活動を通して、かつての共同体の共同作業や共同行事が育んだ近隣一体の相互に支え合う“温かい”情緒的交流に匹敵する機能をボランティア活動の中に見出すことができたのです。
事実、多くの人々がボランティア活動を通して己の存在意義を実感していると語っています。働きかける対象との共感的人間関係を確認できているとも語っています。彼らが語るところを聞けば,社会貢献の事実や公共の福祉に役立っているという事実とほぼ同等の重さでボランティアが「自分のための」活動であると認識していることが分かります。すなわち,多くの人々がボランティア活動に関わることによって,初めて,自分が必要とされていること,役に立っていること,感謝の対象であることを自覚しているのです。これらの自覚は,やり甲斐の実感であり、自分の行為の存在理由の自己確認になっていることは言うまでもありません。
日本型ボランティアは生き甲斐のある人生の追求の試行錯誤の果てに辿り着いた結論の一つだったのです。
他者による「感謝」や「承認」は、ボランティア本人の生き甲斐となり、他者との人間的絆の形成に繋がっているのです。換言すれば,ボランティア活動の参加者は、活動成果と交流を通して,人々との共感関係を深めており、翻って働きかける対象の肯定的・感謝の反応によって己の日々の生き甲斐を支えているのです。まさしく「情け」は「人の為ならず」、「自分のため」(*2)でもあるのです。
角田四郎氏は、ボランティア活動を通して「得るものを求めてはいけないか」と問いかけています(*3)。当然、「得る」ものが沢山あるからです。人々は、災害の被災者支援活動の中で、無力感や巨大な共通の目標を通して共感し、同志となり、絆を形成し、感動を共有する過程を生き生きと語っています。日本人もまた、「情け」は巡り巡って「身に廻る」と考えていたのです。人のために尽くすということが、結局は自分のプラスとして返ってくるということは日本人の処世論の根幹にあり,日本型ボランティアの極意でもあったのです。「情けは人の為ならず」に限りません。共同体が課した「報恩」の慣習から離れることができれば、「おかげさま」や「おたがい様」も日本文化の中の自由な相互支援を推奨する思想となり、ボランティアの社会貢献の発想につながったのです。「出世払い」の「恩送り」は、すでに死語となり、現代ではほとんど使われなくなった表現でが、他者への貢献を世代間の相互支援に転換した伝統的な発想です。思想の底流において、国境や世代の境目を意識しないボランティアの精神と共通している一例です。ちなみに「恩送り」とは、恩を受けたご本人以外の第三者へ恩を「送る」という意味です。
筆者の若い頃には、出世払いでごちそうをしていただいた時など,親切をしてくれたご本人へ恩を返す代わりに,次の若い世代を育てることに意を尽くせなどと言われたものでした。「相互扶助」や「報恩」の伝統も共同体から切り離した時、狭い人間関係の「貸し・借り」や「義理」の観念から自由になります。「おかげさま」から「恩送り」まで、不特定な他者への支援という解釈を組み合わせれば、どこか普遍的隣人愛のボランティアスピリットに通じるのではないでしょうか。「おかげさま」や「おたがい様」が地域や世代や国境すらも意識しなくなった時、「恩送り」の処世訓もボランティアの精神と交差するのです。日本型ボランティア文化は、基本的に宗教色を持たない代わりに,共同体の歴史が紡いで来た日本文化の処世訓が生きているのです。共同体につきまとった特有の相互干渉や相互の束縛を払い落し、選択制のボランティアを導入した後、「お蔭さま」や「おたがい様」は世界に通用する普遍的社会貢献思想に昇華し得るのです。英語にも「A kindness is never lost(親切は決して無駄にならない)」という表現があるそうですが、この英語の格言を「『おかげさま』は死なず」とか、「『おたがい様』は消えず」と訳しても,当たらずとも遠からず、というところでしょう。人間の文化は底辺のどこかで繋がっているということなのだと思います。どのような調査項目で調べたのか分かりませんが、日本がボランティア先進国になりつつあるという指摘を時々見受けます。調査項目には「まちづくり」や「環境保護」のような活動が入っているので、おそらく、統計数字の中には、町内会型の共同体文化の助け合いも、個人を起点とした新しい日本型ボランティアも両方がごっちゃに混じっているのだと想像しています。町内会の清掃作業やまちづくりと名のついた行政行事への参加をボランティアだと勘違いすれば、参加人数は相当の数字になるでしょう。しかし、日本型ボランティアの方々はまだまだ少数派です。「参加率では世界第3位、日本人の3-4人に一人がボランティアをしている」(*4)などという記述を見ると“勘違い統計”だと思わざるを得ないのです。

(*1)堀田力監修、シニアライフ大百科、2008-2009年版、法研、平成19年、p.136
(*2)情けは人のためならず
文化庁調査では、このことわざの日本人の解釈は二様になりつつあるそうです。「ためになる」を否定すれば「ためにならない」であり、「下手に情けをかけるな」という解釈になります。一方、「ためにやる」を否定すれば「ためにはやらない」となります。古語は後者であり、親切は「人のためにやるものではない、自分のためだ」が正解だと辞書にあります。日本型ボランティアは「ことわざ」を本来の意味に戻したと言っていいでしょう。
(*3)角田四郎、ひとりでもできる地震・災害ボランティア入門、ふきのとう書房、2006年、p.102
(*4)ボランティア情報研究会、熟年だからボランティア、学習研究社、2002年、p.30

「個性重視の教育」と「没個性化の労働」

1 労働の平準化-均質性と没個性化

現代の特性は「利便性」です。「利便性」の意味は、「労せずして手に入れる」ということです。「労せず」の意味には「容易く」も「安価に」も含まれています。換言すれば、利便性とは「単純化」と「効率性」に重なります。利便性を追求した結果、現代の労働は機械化と自動化によって単純化され、均質化され、平準化されました。流れ作業と分業は仕事を更に分断し、単純化は部分労働をもたらしました。商品やサービスが効率化・高度化した分、労働者は労働プロセスの全体に関わることはますます少なくなり、成果の全体も見えにくくなりました。換言すれば、多くの労働が均一化され、仕事は誰がやっても同じようなものになり、マニュアル化されて行きました。自分が計画に参加していない、プロセスの全体も見えない、自動化され、機械化され、平準化され、分業化され、単純化された労働は「つまらなく」なったのです。人々がこの仕事は自分でなくてもいいのだ、誰がやってもいいのだ、と思うのは当然でした。
一方、商品やサービスの均質化は現代の条件です。利便性の条件と言ってもいいでしょう。jisマークやecoマークのように品質の標準化が求められるのは利便性の象徴です。都市や田舎に関係なく「ユニバーサル・サービス」が言われるのも同じ理由からです。利便性の公平も、均等も、均質も、標準化も、企業や役所の条件になりました。現代の労働は個人の働きの違いを消すことに躍起になって来たのです。労働における個人差の解消は状況によっては没個性化ということです。商品もサービスもあなたが作ろうと私が作ろうと同じものが求められるようになったのです。結果的に、「私でなければならない」理由は消滅して行くのです。現代の労働はそこで働く人々の没個性化を要求していると言っても過言ではないのです。
一方、人々が求める「やり甲斐」は成果が上がること、能力を発揮できること、活動に意義を感じること、人々から認めてもらえることなどの総合的結果です。それゆえ、誰がやっても同じことであれば「やり甲斐」が遠のくのは当たり前のことです。対人的な仕事や高度なトレーニングを必要とする専門職業を除けば、恐らく現代の大部分の労働は没個性的なものになったのです。加藤秀俊氏はやり甲斐の根拠を分析して「誰にでもできる仕事ではなく、自分にしかできない仕事だ、と思うから職業生活には張り合いがある」と指摘しています。「その職業が、誰にでもできるようなものになってしまったときに、ひとはそれにくだらないという形容詞をつける」。「そして、現代社会はくだらない仕事に満ちあふれている」(*1)と指摘しています。加藤氏の指摘通り、労働の「平準化」はくだらない仕事を社会に溢れさせたということになるでしょう。
(*1)加藤秀俊、生きがいの周辺、文芸春秋、1970年、p.242

2 個性にこだわった戦後教育

どこの教員研修に伺っても個性についても質問が出ます。筆者は、「子どもの興味関心に関わらず」、「教えるべきことは教えよ」と主張しているのですが、必ずと言っていいほど子どもの個性を抑圧することにならないか、という抗議をこめた質問がでます。一世を風靡した金子みすずの「みんな違ってみんないい」を前提に子どもの現状を認めるべきだという意見も強いのです。筆者も、もちろん、教育実践において、子どもがそれぞれに「違っている」ことは事実であることを知っています。しかし、それぞれが違うということは教育の結論ではなく出発点です。したがって、「みんな違ってみんないい」となるか,否かは子どもの成長過程について社会の評価を待たなければならないということです。それぞれの「違い」が社会の評価基準に叶って「すべて良い」とはならないというのが筆者の意見です。
質疑の核心は、「個性」とは何か、「個性」をどう考慮するかということになります。「個性」こそ戦後教育がもてはやした指導法の「核」になる概念だからです。

3 個性とは何か-欲求・感性との混同

個性の一般的定義は、”「個体・個人」に与えられた資質や欲求の特性“ということになります。要は、他者との「差異」の総体です。しかし、「他人と違っている自分」というだけでは教育指導上「個性」を説明したことにならないでしょう。単純な「他者との差異」を「個性」と等値し,両者を混同したところに戦後教育の混乱の原因があります。戦後教育は個人の感性や欲求を強調し、個性と混同する過ちを犯したのです。
まず第1に,「資質上の違い」だけを問題にするなら、個々の後天的な努力をどう評価するのか、が問題になります。少年期の「他者との違い」は、本人ががんばれば直ちに発生し、縮小したり拡大したりするからです。努力しない少年が遅れを取るのは当然の結果なのです。
第2に戦後教育の個性論は、感性や欲求を個性と混同しました。各人の持つ「資質」と「欲求」が混ぜ合わさって「違い」が生じるとすれば、「個性」とは、「欲求の現れ方」、「自己主張」・「自己表現」の「在り方」ということになります。即ち、個性=「自己主張」・「自己表現」となります。しかし、当然、すべての自己主張や自己表現を個性として尊重せよとは誰も言わないでしょう。馬鹿げた自己主張も,端迷惑な自己表現もあり、社会に害をなす反社会的な主張も多々あることは自明だからです。それゆえ、第3の問題は、すべての個性を肯定的に評価することは出来ない,ということです。子どもの自己中心的な欲求や身勝手な思いこみを個性と勘違いしてはならないのです。
第4に注目すべきは「他者との違い」の構成要因です。
「自分」と「他者」を区別する最も具体的な要因は、知的能力、身体的能力,判断力、適応力、容貌・しぐさ・表現力などあらゆる種類の「能力」です。次の要因は、短気,大胆、優しさ、思慮深さ,のんびりなどの性格的・精神的要因です。まさしく,性格は人それぞれ違うからです。最後の要因は,個人の好みと欲求です。「タデ食う虫も好きずき」で、それぞれに人間の嗜好や相性は異なるのです。
重要なことは,「能力」を「個性」と等値すれば,必ず社会的評価と選別に結びつきます。また、「性格や精神」と「個性」を等値すれば、好ましくない性格の判定やその矯正問題が浮上します。当然、反社会的な欲求や嗜好についても「個性」と等値してすべてを肯定するわけには行かないことは自明でしょう。「みんな違ってみんないい」という情緒的かつ好意的な発想は,楽観的で耳障りは良いですが、現実の教育場面に適用することは決して簡単ではないのです。それゆえ、「他者との違い」を「個性」として全面承認することは、不適切なだけでなく教育的には不可能なのです。感性や欲求を個性と等値することは問題外です。
要するに、人間には、いろいろ特性はありますが,それほど際立った個性などというものは、めったにあるものではないのです。際立った「個性」は押さえても延び,教えなくても自ら花をつけるのです。その「花」には、時に、毒すらあるのです。「個性」とは,個人の「特性」と「生き方」の総合として人生の最後にあらわれる「他者との差異」なのです。「個性」とは,自分に与えられた運命的な特性と本人の人生のがんばりとが綾なす総体的な生き方に現れる特性の意味です。

4 教育による「個性」の過大評価

一方で、個性の重視が教育的に叫ばれ、他方で、労働が没個性化して行けば、多くの人のやり甲斐の探求は悲惨な結果を招くことになります。戦後教育は個性を単純化して各人の欲求や感性と等値しました。自分の欲求や感性にあった仕事だけがやり甲斐に繋がるという仮説に立てば、誰もができる仕事はやり甲斐には繋がらないということになります。しかし、現代の労働の多くは、すでに誰にでもできる労働に分業化され、単純化され、標準化されているのです。「自分でなければならない」という労働に巡り逢うことは至難のわざなのです。多くの若者が仕事に就いても長続きしないと言われますが、原因の多くは彼らの好き嫌いの過大評価の結果です。景気が悪くなるたびに、失業率が問題になりますが、現代の失業は、現実に、仕事があっても仕事が続かないことによる現象だという、事業主の証言をテレビで見ました。有りもしない「自分に合った仕事」を探し続ける若者群の存在は、現代の教育病理的な現象です。仕事を選り好みすることが失業の一因であるとする事業主の証言は一理ある分析と言えるでしょう。
大学の教員に聞いても、学生の多くは一つのことに長続きせず、仕事を途中で辞めるそうです。しかも、自分に合わないから辞めて来たと平気で言うそうです。彼らがこだわっているのは好きか嫌いか、気に入ったか、入らないかの問題です。個性の問題ではありません。彼らの言う「自分に合わない」とは、「好きでない」ということで、彼らのいう特性とは自分たちの欲求や感性のことに過ぎません。要は好き嫌いの問題であり、「自分でなくてもできることだ」という自分に対する過剰評価の問題なのです。個性を感性に等値し、好き嫌いの問題とごっちゃにしたのは教育です。子どもの感性の過剰評価・過大評価を蒔き散らしたのも教育です。なかんずく、学校教育であり、その影響を受けた家庭教育です。考えるまでもなく多くの平均的な若者のやることなど誰でもできることなのです。
労働の平準化・単純化・マニュアル化は、公平・均質な利便性を追求する現代人の欲求がもたらした結果です。感性を個性と勘違いして教えた教育の結果は、労働への幻滅を増幅する結果になったのです。個性と置き換えられた欲求や感性の過大評価は、労働に対する高望みを生み出しました。労働の在り方に対する個人の期待水準を非現実的に高度化したのです。若者の多くは己の能力や努力も顧みることなく、ないものねだりをすることになるのです。高望みの「ないものねだり」を満足する方法はありません。平準化された労働で高のぞみする個人のやり甲斐要求に応えることはほぼ不可能です。労働形態・内容の平準化と過剰な個性教育を組み合わせた結果、労働のやり甲斐は消滅したのです。かくして、現代人の多くは仕事のやり甲斐を失いました。人生の充実は労働以外のところに求める人が増えたのは当然の帰結だったのです。
産業構造の変化の過程で現代人は共同体の温もりを失いました。そして今、労働の形態と内容の変化は現代人のやり甲斐を奪うことになったのです。高度な専門職業や単純労働化が難しい対人関係の職業に就いた人々以外、多くの人々にとってボランティアは唯一残された「均質でもない」、「単純でもない」、「マニュアルもない」活動なのです。「自分らしさ」や「自分の感性」を探求できる活動なのです。
ただし、ボランティア活動は労働ではありません。食うためには、ボランティア以外の労働で日々の糧を得なければなりません。それゆえ、ようやく、ボランティア活動と労働が融合したのです。それがNPOです。社会も新しい「融合」を認めました。公益的な活動を行政の独占から解き放って市民に解放したのです。「新しい公共」という流行語も生まれました。NPOは、自分のやりたいことがやれて、人並みに飯が食えるという職業なのです。NPOが人々の注目を集めるのは当然なのです。生き甲斐が仕事の中にあった時代が急速に遠のきました。共同体文化を失った「さびしい日本人」に加えて、仕事のやり甲斐を失った「生き甲斐喪失の日本人」も急増したのです。
日本型ボランティアも、それが組織化されたNPOも“つまらない労働”からの脱出という要素を含んでいるのです。

短歌自分史の試み

1 自分史講座の困難と意義

現在私たちは高齢社会の真っただ中にいます。しかも、現代は,高齢者に限らず、自分流の人生の真っただ中でもあります。みんなそれぞれに自分の思うように「自分らしく」生きたいと願うようになりました。自分らしくと言いながらも自分のない人もいるので難しいのですが、少なくとも自らの欲求や快不快を中心に生きるようになったことだけは疑いないでしょう。それゆえ、高齢者はこれまで以上に自分の人生にこだわるのです。自分史が注目されて来たのはそのためです。高齢者を看取って来た医師の話では、人間は人生の最期に近づくと「饒舌」になると指摘しています。語り残すことが多くなるということでしょう。
しかし、社会教育のプログラムを見れば明らかですが、自分史を綴る人々の輪は必ずしも広がっていません。広がらない理由は、過去を「思い出す」という作業も、思い出したことを「整理する」ことも、それを文章に「書いて」、「編集する」という一連の作業は決して簡単ではないからです。
高齢者の活力を維持するためには、頭のてっぺんから足の先まで、人間の諸機能を使い続けることがカギになります。その理論的背景が医学用語「廃用症候群」です。言葉の意味は英語の方がわかり易いのですが、Disuse Syndromeと言って”使わない機能は使えなくなる“ということです。そこで筆者の提案する活力維持:老衰防止のスローガンは「読み、書き、体操、ボランティア」になりました。活動を継続して頭も身体も気も使い続けよう、という呼びかけです。ところが一番難しいことが定年や子育て終了後の「労働」から「活動」への移行です。今回は短歌で綴る「自分史」の作成に注目して見ました。
筆者は過去に2度、公民館を舞台として自分史の作成支援事業を主催したことがあります。人々は大いに興味を示され、でき上がった自分史は街の印刷屋さんにお願いして表装や製本を施し、各自思い思いの立派なものができ上がりました。中には世話になったみなさんにお配りすると言って、100冊も増刷した方がいらっしゃって驚かされました。自分史講座は2度とも継続のご要望は強く、自分に取ってもやり甲斐のあるお手伝いだったのですが、各人の記録したものを「推敲」し、「添削」し、時には「聞き書き」までする支援方法では時間と手間がかかり過ぎてお世話をする方が草臥れてしまうのが大問題でした。私もたまりかねて学生諸君や教職についていた教え子に応援を頼んだりして辛うじてその時のプログラムは無事に為し終えることができました。自分史作成の過程でみなさんが生き生きと過去を語り始め、交流が始まり、宿題をこなしてお元気を取り戻して行く様子が明らかに認められました。自分史は高齢者の「読み、書き」機能をフル回転させるのに最適なのです。また、執筆のプロセスで苦労を分かち合うことも完成の喜びを共有することも仲間との交流を深めるため大いに有効であることが分かりました。完成披露パーティーは大いにもり上がりました。唯一の欠点が作業時間と支援する側の負担が大きすぎることでした。経験上、書くことを生業にして来た人以外、散文自分史の作成は量的・時間的に一人の講師による単独支援はほとんど不可能なのです。
そうこうするうちに、偶然、私は若い頃に手がけて長く遠ざかっていた短歌に戻りました。たまたまメールに添付した私の歌を読んで下さって、しかも褒めて下さる方に出会いました。ありがたい出会い、ありがたい歌との再会でした。褒めていただけば嬉しくなって日常を歌にすることが習いとなり、メモのように綴ってすでに3年が過ぎました。初めは思いつくままに興をそそられたこと、節目になることなどを歌にしていましたが、だんだん日々の記録を兼ねた「歌日記」のようになって行きました。

2 短歌に見る個人史の「濾過効果」

どんなたどたどしい歌にも人生の背景があります。私の拙い歌にもあります。歌を読むという作業は人間の感情をゆさぶるものだからです。そんなことを考え始めた時に、たまたま「昭和万葉集」を開いたことがありました。戦中の巻でした。そこに綴られていた歌の大部分はそれぞれの人生の歴史的事件だったのです。恩師に別れを告げて戦地に赴く学生の歌がありました。妻に後事を託して別れて行く夫もいました。妻から夫への、子から親への、親から子への万感の思いを込めた歌もあり、さりげない日常生活の断片を切り取った写生もありました。

今宵限り分かるる妻が茶を入れて
机の上に置きて行きたり(青木辰雄)

旅立つ人を送る歌もありました。その時々の決意を歌った歌も、戦場の友を歌い、敵を歌った歌さえありました。

戦地より便り来にけりふところの
鏡いだして化粧を直す(山田かつ子)

下記のように、時に、歌は読む者にとって事実の背景についての説明は不十分です。

ひぐらしの一つが啼けば二つ啼き
山みな声となりて明けゆく(四賀光子)

しかし、どの歌にも間違いなく当人にとって切実な背景があり、人生の「事件」だったのです。そして、一番大事なことはそれぞれの詠み手にとって、歌は個々の事件の最も重要なことを凝縮した思いを掬い上げているということです。関係も記さず、会話も残さず、前後の説明を省略し、時代の背景も風景も捨象し、今ここに伝えおくべきエッセンスのみを31文字に込めているのです。第3者に読ませる歴史としては事実情報が不十分であっても、自分が振り返る自分史であればエッセンスは残るのです。私はそれを短歌における個人史の「濾過効果」と名付けてみました。

3 朧効果

歌は思いや事実を詳細に説明する必要はありません。私が綴って来た歌日記も肝心の事実をぼかしておぼろな雰囲気を醸し出しています。歌を読み返せば誰がそこにいたか、どんな話をしたか、事実の全貌については、覚えていることもあれば、忘れてしまったこともあります。しかし、31文字に限定して拾い上げた思いや心象風景は鮮やかに甦って来るのです。それが思い出の中心だからでしょう。散文で書けば、「中心」だけを書くわけには行きません。しかも「自分史」という思いで書き始めれば、小なりと言えども歴史は歴史ですから、普通5W1Hを省略することはできません。散文は文の形式や体裁を整えるだけでも主語も、動詞も、目的語も、省略や抽象化には限界があるのです。さらに、人生にはあらわに書きたくないことも多々あります。事実をあからさまにすれば生きている人に迷惑のかかることもあります。事実の叙述もまた自分の主観の偏りを免れません。多くの自分史が「自慢史」になったり、客観性を欠くことになるのはそのためです。そうした批判を避けるためにも短歌は最適です。短歌は最初から「客観性」を主張しません。「写生」に徹した短歌であっても「風景」や「事物」のどこを切り取って31文字に納めるかを決定するのは「写生者」の主観であることは明らかだからです。言いたいことも、言いたくないことも31文字の中にぼかしておくことこそ「朧効果」なのです。ぼかしながらも歌うという行為は選択の行為です。選択したものと選択しなかったものは自分にしか分かりません。時間が経てば恐らく自分にも分からなくなることもあるでしょう。しかし、短歌にしたことは選択した思いであり、事実なのです。朧であって朧でないことそれを歌に残すことが短歌の朧効果です。その時々の思いを残しておきたい時、歌は抜群の効果と機能を発揮するのです。場所も、時も、状況も、人物も、行為も、会話の中身も、我との人間関係も諸々の浮き世のことは抽象化し、捨象することができるのです。「かの時」も、「かの地」も、「かのひと」も「君」も、「かのもろもろ」を短歌という霧の世界に溶かしてぼかしてしまうのです。歌われた歌の解釈は自由ですが、誰も科学者のように事実を特定することはできません。歌われた風景の中に人はいないかも知れません。しかし、あなたにとっては人がいるのかも知れません。だれがいたのかはあなた以外には特定できません。もちろん、時には、遠い歌の中に誰がいたのか、どんな思いを重ねようとしたのか、あなたでさえ特定しなくていいのです。短歌は「解釈の弾力性」、「誤解の自由」をふんだんに内包しているのです。人生は事実の積みかなった結果ですが、事実の記憶も評価も時に朧なままにしておきたいこともあるのです。短歌自分史は、記憶が明確に切り取った人生の一こまと、朧にしておきたい人生の一こまを共に生かすことができます。朧にしておきたいことは朧のままに、それが短歌の「おぼろ」です。

4 短歌の省力化機能

自分史支援プログラムの中で事実関係を長々と聞き書きし、編集し、個人史にして行く過程は一般人には大変な作業でした。支援者にも大変な作業でした。聞き書きと言っても相手が過去を整然と語ってくれるわけではありません。それは誰のことですか、あなたはおいくつでしたか、それはどこのことですか、というように個人史の事実を5W1Hを中心に解きほぐして行かなければならないのです。しかし、5W1Hを省略して、その時々の心象風景も省いて、一番心に残っていることだけを問うことはそれほど時間もエネルギーも必要としません。記憶は事実の濾過装置です。記憶に残っている断片を集めて、5-7-5-7-7の定型の様式に果てはめるだけであれば、困難は一挙に軽減される筈です。もちろん、短歌の出来映えを問う必要はありません。出来映えにこだわればなかなか前に進まないでしょうが、推敲は後でもいいのです。まず、中核を為す事件や記憶を31文字に納めることが重要です。僅か31文字ですから、そこに納めることのできるものは少量です。31文字に納めることのできる範囲の事実と思いを語ることに限定すれば、作業は選択と精選になります。5-7-5-7-7-のメモを取ると思えば、言葉の作業量は極少になります。短歌はメモでもあり、文章作成の省力化でもあります。しかし、メモはメモでも、短歌文学の素晴らしさは、精選されたメモになるということです。定型の様式にどんな言葉を盛り込むのか、その思考と推敲の過程は人生の思い出を濾過する過程であり、雑事を捨象して当人のこだわりを抽出できる筈です。日本の伝統文化を自分史に結びつけることは多くの人の賛同を得ると期待しています。

§MESSAGE TO AND FROM§
お便りありがとうございました。今回もまたいつものように編集者の思いが広がるままに、お便りの御紹介と御返事を兼ねた通信に致しました。皆さまの意に添わないところがございましたらどうぞ御寛容にお許し下さい。

山口県下関市 永井丹穂子 さま

「頑張ること」と「自然体」の対比のお便りを興味深く拝見いたしました。ご指摘の通り「がんばり」の評価は下がる一方ですね。「いまさら頑張ってどうするの?」と「自然体が一番よい」が時代の流れでしょうか。
しかし、私の近著は「生涯現役」論を手がかりとして、「自然体」礼賛の時代の流れに棹をさして高齢者の「がんばり方」を論じたものです。老化と衰えが「自然」だとすれば、その自然に逆らうことを勧める「読み、書き、体操、ボランティア」は「反自然」です。人間が「ヒト」科の動物から社会的存在の人間となったこと自体が「反自然」であると思います。「自然体」論者は人間の社会性こそが自然の対極にあるという原点を忘れているのです。「弱肉強食」が自然の鉄則であり、共生も人権も、理論的には「弱肉強食」の反語です。共同社会は基本的に反自然なのです。
「がんばる」の「漢字」は「頑に」気や意地を「張る」ことですから、自分が背伸びをして、自然にできること以上の事をするという意味です。振り返ってわが人生色々ありましたが、がんばって生きてきたことだけが誇りです。これからもがんばって生きて行くことを誇りにします。前回の本のあとがきに書いた通りです。たとえ敵わぬまでも老衰に打ち倒されるまでは、がんばって生きます。私に限らず昔の子どもはがんばることをしつけられました。「がんばり」と「勤勉」は日本人の文化的特性です。われわれはこの文化的遺伝(?)を誇りに思うことがあっても、反省することなど無用であると思います。「自然体」礼賛や「スローライフ」の勧めを聞くとイソップ物語の「あり」と「キリギリス」を思い出します。夏の間に遊んでいて冬の老後に助けてくれと言わねばならないキリギリスにはなりたくないものです。社会が「自然体」や「スローライフ」を主張できるようになったのは、「ありの働き」があったからです。自然体など誰にだってできます。がんばることは意志力・気力のある人にしか出来ません。
不登校の子どもにも、引き蘢りの青年にも、「がんばれ」と言ってはいけないのは、彼らにますます己の無能を知らしめ、ますます自己防衛的に落ち込ませることになるからです。彼らの治療法は、世間の白日の下に引きずり出して、有無を言わせず活動を開始させることです。アホな教育論と志を問わない人権論者が柔な日本を作りました。「しつけの回復」も、「教えることの復権」も基本は自らの欲求を制御してがんばることを教えることです。社会はそのように発展して来たのです。だからこそがんばっている人々は尊いのです。

北九州市 西之原哲也 様

複雑な気持でご栄転の知らせを読みました。若松未来ネットの実践研修は終始一貫リーダーが先頭に立たれたから成功した典型的な事例です。新しいお仕事もNPOなど市民の活動に直接関わる分野とお聞きしました。これからの日本も、そこで暮らす日本人も自らの生き甲斐や絆は自らの「市民活動」によって開拓して行かなければならない時代に突入します。共同体文化も、その名残の町内会機能もやがて消滅します。大部分の人々の労働は、自動化され、機械化され、平準化され、マニュアル化され、誰がやってもできるようなものになります。自分の「個性」を発揮し、「特性」を生かし、
「私」でなければできないという種類の労働は確実に消滅するでしょう。大部分の人々は共同体文化の中に「居場所」はなく、現代の労働システムの中にも「やり甲斐」を見つけることが大いに難しくなります。ニートやフリーターは現代の教育が生み出した悲惨な結果ですが、彼らが「生き甲斐」を感じ得るステージが消滅したこともまた疑いのない事実なのです。それゆえ、新たな「日本型ボランティア」やNPOの市民活動がエネルギーのある人々の中に少しずつ広がりつつあります。新しいお仕事はこれまでに倍して重要なお役目になると想像しております。なぜなら日本の政治も行政もいまだ現代日本人の「生き甲斐の探求、絆の形成」についての「渇き」をほとんど全く理解していないからです。

山口県田布施町 三瓶晴美 様

みやこ町の「男女共同参画ハンドブック」の感想をありがとうございました。過分の評価をいただき、作成に関わった委員の皆さんも、一緒に仕事をした自分も報われる「小論文」でした。日本社会の喫緊の課題は、子育て支援と少子化の防止、高齢者の活動ステージの創造と医療費・介護費の軽減、それに女性の社会参画です。
もちろん、これらは社会教育の課題でもあり、更に広く政治の課題でもあります。取り組みを始めれば、必ず行政改革にも、財政再建にも、雇用の創出にも繋がらざるを得ません。新党を結成した老練な政治家には、気力だけがあって具体的現実的な政策がなく、それを揶揄する若い政治家には、金権政治を批判する気力も、政策もないように見えます。政治が愚かなのは国民の愚かさの反映であることは政治学の常識です。『日本人の敵は「日本人」だ』(石堂俊郎、講談社、1995)ということになるのでしょう。若い世代の犯罪のニュースが続いています。おばあちゃんだけを狙う小学生のひったくりグループのことを123号に書きました。鍛錬を怠り、規範を教えない学校教育のつけと「子宝の風土」の家庭教育の破綻がまさに「教育公害」と呼ぶべき現象を生み出しているのです。

愛媛県松山市 仙波英徳 様

メールを拝見するたびに八面六臂のご活躍ぶりに感服しております。あなたのご配慮とコーディネートのお蔭で昨年の「生涯学習フォーラムinふくおか」のメンバーが愛媛を訪問した交流が具体的に実りました。5月の大会で愛媛の皆様にお目にかかれることを一同楽しみにしております。当日の大会会場の“準備指揮官”は過日同行した社教センターの弓削さん、“愛媛ご一行さま歓迎委員長”は「じゃこ天」、「じゃこ天」と騒いだ校長先生になる予定です。また、ご発表の無人島青少年キャンプの事例は大洲青少年の家の分科会で偶然お聞きしたものになりました。近年めったにないタフなプログラムですので各地の参会者の反応を楽しみにしております。

124号お知らせ

1 第29回中国・四国・九州地区生涯学習実践研究交流会リーフレットができました。

日時:2010年5月15日(土)10時-16日(日)12時まで
(14日は前夜祭交流)
場所/問い合せ先:福岡県立社会教育総合センター(福岡県糟屋郡篠栗町金出3350-2、-092-947-3511。E-mail:mail@fsgpref.fukuoka.jp)
内容:各県の事例発表28、特別企画:リレーインタビュー「子育て支援」、「社会復帰のカウンセリング」、「市民参画のまちづくり」、「学校と起業の連携」などを予定しています。

2 第100回記念生涯学習フォーラムin福岡の内容が決まりました。

日時:2010年6月12日(土)13-17時
場所:福岡県立社会教育総合センター(前掲の通り)
第1部:リレートーク:「あなたが考える社会教育の現代的課題」
*日本社会が当面している様々な課題を材料として、古市勝也(九共大)、大島まな(九女短大)、森本精造(飯塚市教育委員会)、黒田修三(県立社教センタ―)ほかの方々の問題提起を受けて、リレートークを行います。以下はその切り口の一例です。
①子育支援のために公民館は何ができるのか?
②高齢者の元気を維持し、活力を引き出す方法はあるか?
③学社連携は実現するか、何をするか、誰がするのか?
④長期休暇中の青少年プログラムに何を選ぶか?
⑤社会教育はNPOやボランティアと恊働しているか?
⑥社会教育職員の研修と交流はどうあればいいのか?
⑦その他 (コーディネーター 三浦 清一郎)
第2部:ミニ講演
「日本型ボランティアの誕生-社会教育の新しい挑戦」(仮)
生涯学習・社会システム研究者  三浦 清一郎
* 終了後センターにおいて交流会を企画しております。お楽しみに。

編集後記 「満月に荒れる子ども」
金曜日の英語クラスの教材は微笑ましいものでした。5年生の担任の先生が書いていました。いつもは聞き分けが良く、授業にも集中する自分の生徒が月に1-2回手に負えなくなるほどに授業を混乱させることがあるそうです。気になって調べてみたら満月に近い頃に決まって騒ぎが起こることが分かりました。月は潮の干満に関係し、月夜カニのように甲殻類の脱皮にも関係します。病院が一番忙しいのも満月の夜だと言われています・・・。
先生は、人間の身体の大部分は水で構成されているので、潮の干満への影響と同じように、生徒の情緒的混乱も月に関係があるのではないかと考えたわけです。
ところが友人の科学者が調べてくれたところによると、月と人間行動との関係について様々な観察や実験が行なわれて来たそうです。しかし、両者の間に特定の関係を示す証拠は発見されていないということが結論になったそうです。
先生は今ひとつ納得できないでいるそうです。先生の疑問は、自分のクラスに起こる月1-2回の定期的な「荒れ」は、教師である自分の責任だろうか、ということです。先生は科学の信奉者ですが、この問題ばかりは科学が未だ解き明かしていないのではないかと疑問を呈しています。
最近の天候不順で、われわれの心身もいろいろ振り回されています。日照が足りないだけで気持が暗くなります。雲の低い日は鬱陶しいし、雨が近づけば、頭痛がしたり、足が痛んだりするという方もいます。しかし、時には、春の雨で気持が落ち着き、私の執筆は捗ります。自然状況が人間行動に何らかの影響を及ぼすことはやはりあるでしょうね。