「風の便り 」(第131号)

発行日:平成22年11月
発行者 三浦清一郎

ボランティア「ただ論」の壁-ボランティア受け入れ風土の未成熟-

飯塚市で「幼老共生まちづくり支援協会」と飯塚市教育委員会の共催で、初の「熟年指導者のための教育実践講座」(全6回)の内の第1回研修会が行われました。筆者は、高齢者の社会的位置付けは、藤沢周平のいう「世の無用人」であるというところから説明を始めました。
退職までは給料があり、賃金があり、そうした報酬は社会が「あなたを必要とした証拠」でした。「現役労働者」が自分の存在意義を疑うことが稀なのは、労働に対する報酬によって自らの社会的貢献を確認できるからです。ところが退職後、高齢者は時間のゆとりがあり、最低限の年金もあるので「タダで使われるボランティア」の「草狩り場」になりました。上記の論理をひっくり返せば、「現役」は報酬を得ることで「有用人」となり、高齢者は「タダで使われる」ことによって「無用人」であることを再確認させられるのです。
社会経済学の見地に立つまでもなくボランティアの客観的な力は「労働力」です。もちろん、ボランティアですからその「労働力」は、労働の「経済的対価」を伴わず労働とは認知されません。労働力を提供しても「経済的対価」を受け取らない原理を欧米では、ボランティアの「無償性」と呼んできました。日本では従来の「奉仕」概念と輸入された「無償性の原則」が結合して、ボランティアは「タダ」であるということになっています。長い間日本の行政や福祉団体は善意の協力者に呼び掛け、時に「奉仕」、時に「無償性」の大義名分のもとに「タダ」でその労働力を活用して来ました。結果的に「奉仕」は時間的・経済的・社会的に労働力の提供が可能である特定階層の人々に限定された時代が長く続きました。「ちょいボラ」、「ボランティア物好き論」、「ボランティアええかっこし論」のような揶揄が生まれたのもボランティアが日本人の全階層に浸透していなかった時代の文化的視野狭窄です。
しかし、阪神淡路大震災を契機に日本のボランテイアが大きく変わりました。規模も、参加者の特性も、活動分野も、支援の対象も一気に拡大し、多様化しました。政府は大震災の1月17日を「ボランティアと防災の日」に定めました。しかし、ボランティア「タダ」論は基本的に変わっていません。「さわやか福祉財団」はボランティアへの「給費」が課税の対象になったことを不服として「流山裁判」を起こしましたが、2004年に敗訴しています。すでにアメリカの国内法は、労働力の提供に対して経済的対価を支払うこととは別の論理で,ボランティアによる労働力の提供に対して「費用(経費)の弁償」を支払うことを定めました。
ボランティア「タダ論」は、現存する「労働力」を無視して、人々を「奉仕の観念」に閉じ込めるボランティア受け入れ風土の未成熟の証ではないでしょうか?ボランティア「タダ論」は「優しくあろうとする日本人」の実践の前に立ちふさがる「壁」になっているのです。

1 時代遅れの「無償」論

「ボランティアタダ論」とは、従来の研究者や行政が主張して来た「ボランティアは無償であるべきだ」という「無償性」の原則の別名です。実践者も“オレたちは一銭の金ももらっていない”と見栄を切ってみせる、時代遅れの観念論です。結果的に、日本のボランティアは余裕のある篤志家に限定された時期が長く続きました。欧米も同様ですが,一般人が長期・継続的なボランティアに関わるためには、社会参画できる条件が不可欠なのです。事実,未だに、ボランティアの底辺が拡大し、広く社会に浸透することはありませんでした。
古いボランティア論は「無償性」の原則を巡って活動者を狭い「奉仕」の条件の中に閉じ込めて来たのです。無償で長期の奉仕活動が出来るのはごく限られた社会階層の方々に限られたからです。多くの研究者が繰り返し強調するように、ボランティアの語源はラテン語の自由意志を意味し、ボランティアの「主体性」原則はそこから始まります。自由意志に基づく人々の社会的貢献の行為は労働と区別され、活動に対する経済的「対価」を受取りません。それが「無償性」の原則です。
日本に輸入されたボランティア論はほぼ欧米のボランティア論の翻訳でしたから、キリスト教信仰における「隣人愛」を原点としたということは筆者が繰り返し説明して来た通りです。信仰活動も隣人愛も、当然、労働の対価は受け取りませんから、ボランティアは「無償」を原則とするところから出発したのです。欧米以外の社会でも、欧米にならって、自由意志で社会貢献活動に関わるボランティアは、当然、「労働の対価」は求めません。
ところがボランティア活動が長期化・高度化して来た時、欧米でも「労働の対価」とは何かという問題が問われ始めました。通常言うところの「労働の対価」とは、経済的対価の意味ですから、賃金や給与等の「報酬」を指す事は言うまでもありません。それゆえ、「労働の対価」を受け取らないとは、賃金や給与等の「報酬」を受け取らないという意味です。
この時、更に問題となるのは、経済学や税務の発想では、「報酬」を得る際の「所得」と「必要経費」は別のものと考えるということです。税制において、報酬を「所得」と所得を得るための「必要経費」に分ける考え方です。欧米のボランティアを巡って必要経費を支払うことは「無償性」の原則に反しないという考えが登場したのです。「「所得」と「必要経費」を分離する考え方に立てば、一方で、ボランティアの「無償性」の原則を守りながら、他方で、活動に要した費用の「弁償」を行なうことに論理的な矛盾は起こりません。かくして、欧米は多くのボランティア活動に必要経費の補助を認めるようになりました。ボランティについても「労働力」の「経済的対価」と「対価を得るために必要となる経費」を分けて考えるようになったということです。ボランティアを普及させる意味でも、人々が責任を持って長期継続的な活動を行なうためにも、有効で論理的な措置でした。
ところが日本では、政治も行政も、古い研究者の多くも未だにボランティアを「奉仕」概念の延長として理解し、欧米型ボランティアが出発した時代の解説を鵜呑みにして来ました。「奉仕」とは字義通り、相手を「奉って」「仕える」という意味ですから必要経費ですら頂くわけには行かないということでしょう。もちろん、欧米型ボランティアは信仰実践としての「隣人愛」の表現ですから、労働との一線を字義通り厳しく引いて「必要経費」すらも受け取らないという信仰者もいる筈です。しかし、筆者は、1980年代以降の欧米のボランティアを見聞して、彼らのいう「無償性」の原則が、一切の「労働の対価」を受け取ってはならないという意味から、社会貢献活動に必要な「費用の弁償」は受けるべきであるというように転換したと理解しています。信仰実践と関わりのない日本型ボランティアはますます社会貢献に対する社会の側の条件整備が不可欠であると思うようになりました。
25年以上続いている福岡県宗像市の市民教授システムである「市民学習ネットワーク」事業はアメリカの自由大学構想の日本版ですが、ボランティア講師への「費用弁償」を続けて来ました。福岡県旧豊津町の子育て支援事業:「豊津寺子屋」の実践も、もうすぐ10年になりますが、ボランティア指導者には「費用弁償」を差しあげて来ました。近隣の人材活用事業は次々と形骸化して行きましたが、両事業とも長い間揺らがずにボランティアの貢献が続いたのは「費用弁償」効果であったと確信しています。
賃金や給料という「労働の対価」が、「社会の必要」や「本人の貢献」の証明機能を果たしたように、ボランティアに対する「費用弁償」の支給は「社会の感謝」や「社会の賛同」を象徴するメッセージを伝える役割を果たして来たに違いありません。日々の社会貢献が何年もに亘って崩れることなく継続できたのもそのメッセージの存在があったからだと思います。しかし、日本社会の「タダ」論は根強く、行政における費用弁償費の「予算化」はどこでも根強い抵抗にあってきたのです。抵抗の背景には、継続的なボランティア活動の体験を持たない多くの市民の無知があります。また、市民の「労力」を安く使える方がいいという政治や行政の”さもしい“発想もあったことでしょう。ボランティアは「タダ」だという発想は、古い「奉仕」思想を引きずり、欧米型ボランティアが発明した「無償性」の原則を教条的に振りかざすことで、ボランティアの能力や貢献の意味を貶めてきたということが事実に近いだろうと考えています。
どの解説書にもボランティアが如何に素晴らしいかが書いてあります。しかし、日本のボランティア活動が「いい事づくめ」の掛け声ばかりで広がらないのは、人びとに「タダ働き」をさせ、政治や行政がボランティアの能力や労働力機能を下請け・奉仕のように使い捨てにして来たからではないでしょうか。人々の社会貢献活動を口先で賞賛しながら、制度的には、活動を支援する「費用弁償」の制度は過去も現在も誠にお粗末の限りです。ボランティア活動の費用弁償の制度化に失敗し、ボランティア活動を「ただ働き」と同列に貶めた研究者や福祉関係者の責任は重いのです。

2 「タダ」論の論理矛盾

「タダ」論の根拠は「奉仕」は見返りを受け取らないから奉仕足りうるのだという発想です。また、参考資料には金を受取らない「タダ」のサービスだから「自由が保証される」という説明もありました。しかし、この論理は実態と矛盾しています。
論理上、ボランティアは「見返り」を期待しないといいながら、例えば「V切符(ボランティア切符)」の制度があります(*1)。「V切符」とは、一定時間のボランティアをすれば、いつか自分も、同じ時間のボランティアサービスを受けることができる、という仕組みです。このようにボランティアの交換制度は「見返り」を前提とした「サービス」の交換制度です。流行りの「エコマネー/地域通貨」の仕組みも自己のサービスに対する他者からの「見返り」を原点としている点で同じ論理に立つものです。
金を受取らない「タダ」のサービスだから「自由が保証される」という論理には人間観の「甘さ」があるのです。「タダ」は自由にも繋がるでしょうが、無責任にも繋がりかねないからです。「無償ですが、気楽に参加して下さい」というたぐいの活動が責任をもって長期・継続的に実行できるはずはないのです。日本では「ただより高いものはない」と言ってきましたが、時に鼻持ちのならないボランティアが出たのもサービスが「タダ」だったからではなかったでしょうか?恩を着せられたり、活動がいい加減になったりした時、サービスを受ける側の身になって考えてみれば、「タダ」が「高くつく」ことはすぐに分かることです。人間に関するこの種の甘い発想こそ我が国のボランティア活動を停滞させてきた主要原因の一つなのです。「自由」は時に「無責任」、「気侭」の同意語です。また、「金をともなわないから精神的な喜びも大きい」という解説も読みましたが、「ただ働き」が「苦痛」に繋がる可能性は大いにあっても、「ただ働き」が「精神的喜び」に繋がる確たる保証はありません。まして、役所の職員など同じ分野で活動をともにする有給のスタッフの姿勢がいい加減であれば、馬鹿馬鹿しくて「ただ働き」などやっていられるわけはないのです。
少年のボランティア教育を考える時、ボランティア「タダ論」の弊害はさらに明らかです。少年自身に財力はなく、教育システムの中に位置付けられていない限り、保護者に応援を頼むことも出来ません。ボランティアは少年たちのポケットマネーの範囲でやりなさい、ということであれば、彼らの活動のレベル・範囲はたかが知れているのです。
日本の労働関係法は、ボランティアをまったく認知していないために、ボランティアに支払われる実費負担金や些少の謝礼金について、すべてこれを労働の対償(労働基準法11条)あるいはサービスの対価(報酬)として扱う構成になっています。それゆえ、時に、国税局はボランティアの「費用弁償」にまで税金をかけようとすることがあります。さわやか福祉財団の堀田 力氏は、アメリカのボランティア振興の法律の主旨に則って、労働に対する報酬(サラリーや賃金と呼ばれる労働の対価)と、ボランティア活動(それ自体は労働の対価を受け取らない無償の行為)に対する費用弁償費(スタイペンド)を客観的に区別するべきであるとして裁判を起こしました。いわゆる「流山裁判」です。2004年に判決が出て堀田氏は敗訴しました。日本には、ボランティアの振興を目的とした「費用弁償」に関する法律がないので、現行法に照らせば裁判は「負ける」ことになるのです。しかし、たとえば、アメリカには「国内ボランティア振興法」(The Domestic Volunteer Service Act)(*)があり、州政府が活動者に交通費や事務所経費などを支援するのは当然の配慮である、としています。日本でも、「海外青年協力隊」や、日本青年奉仕協会(JYVA)の「ボランティア365」のプログラムにおいて、活動に参加する若者に対して、食費や住居費を支給しているのも同じ発想です。ボランティアは社会を支える実質的「労働機能」でもあるのですから、社会が長期継続的な活動を支援することを認めないというのは誠に時代遅れの発想なのです。
お金を受け取ったボランティアは、通常、「有償ボランティア」と呼ばれますが、上述の通り「費用弁償」と「労働の対価」を区別する発想に立てば、活動の経費を受け取っても「無償性」の原則に反しません。それゆえ、労働の対価を受取った時初めて「有償」と呼ぶべきでしょう。ボランティアが労働でない以上、「有償ボランティア」という概念そのものが自家撞着の論理矛盾を孕んでいるのです。万一、「有償」という概念が「労働の対価」を受け取るということを意味するのであれば、そもそもその活動はボランティアではあり得ないのです。日本社会には社会貢献活動における「労働の対価」と「費用弁償」を区別する論理の整理が急務なのです。
最近になって、ボランティアに対する注目度が上がってようやく行政の後押しも始まっています。財団等の補助金も多様に準備されるようになりました。近年の研究者の発想も実践者の発想も大きく変わり始めました。ボランティアが見つかったら「有償か無償かを確認しなさい」と助言する本も出て来ました(*3)。ボランティア支援立法に向けてさわやか福祉財団の「ボランティア認知法」の提言努力も続いています(*4)。喜ばしいことです。まだ日本型ボランティアは少数派ですが、少子高齢化が行き詰まれば、ボランティアが提供する労働力機能の重要性が高まり、活動が一気に発展・拡大する予感がします。

(*1)  総合学習に役立つボランティア-ボランティア入門、こどもくらぶ編、偕成社、2000、p.27
(*2)Web、財団法人さわやか福祉財団2004年ニュース、2004年11月17日、控訴棄却-流山裁判控訴審、
さわやか福祉財団は、労働に対する報酬(労働の対価)と、ボランティア活動(それ自体は対価を受け取らない無償の行為)に対する給費(スタイペンド)を客観的にも区別できるようにするため、給費額を最低賃金以下にするよう指導してきたそうです。これは、アメリカのボランティア振興法に定めるスタイペンドを参考にしたものです。
(*3)小野博明編著、ボランティア・デビューのすすめ、旬報社、2004年、p.48
(*4)Web,JanJan ,「ボランティア認知法」の提言,大和修2004/10/14,ボランティア活動へのスタイペンド(謝礼金)を法律で明確に定めることを柱とする「ボランティア認知法」の立法運動が、さわやか福祉財団を先頭に動きだしました。

時事教育評論3 認識者と行動者

1 「人の痛いのなら3年でも辛抱できる」

認識と実践の間には実に大きな「落差」があります。「畳の上の水練」、「口では大阪の城も建つ」は「落差」を表す典型的格言です。簡単にいえば、「言う」と「する」では大違いということであり,「分かる」と「やれる」は別ものであるという意味です。人間の社会は、「やってみなければ分からない」ことで一杯です。更に、痛みや哀しみについては、本人の個体が感じるものの大部分は他人には分かりません。痛みや哀しみの感覚を共有できないという事実を、日本人は「人の痛いのなら3年でも辛抱できる」という卓越した「個体性認識論」のことわざで表現しています。こちらは、極言すれば,「自分が痛くなければ何が起ころうとどうということはない」という意味です。拉致事件も,飢えも、戦争も、殺人事件も、原爆も、差別も、いじめも他人に起こったことは「対岸の火事」に過ぎないということです。筆者自身ももとより威張れた状況ではありませんが,周りを見ればその通りでしょう。個体で存在する人間はなかなか相手の身になって当事者意識に立つことはできないのです。
今回、裁判員裁判で初の「死刑判決」が出ました。当然のことですが,メディアが騒ぎ立てたわりにはもたもたした感じでした。前回は、検察の求刑は死刑でしたが、裁判員裁判の結果は「無期懲役」となりました。加害者は、自分が勝手に惚れて、相手の女性が言うことを聞かないというので付きまとったあげくに祖母まで巻き込んで刃物で何回も刺し殺すという残虐極まりない犯罪でした。読者も記憶に新しいことでしょう。「無期」の判決が出た時、傍聴席の家族が「いやだ、いやだ、信じられない」と叫んだと報道にあったそうですが、ここにも認識者と行動者の落差があります。犯人は反省の手紙を書き、謝罪を繰り返したそうですが、それが「畳の上の水練」です。子どもが親や教師をよろこばせるために書いた人権作文の類いです。
教育学が「直接体験」の重要性を繰り返し説くのは、多くの子どもたちが人権作文に一丁前の建前を書きながら「いじめ」は止まっていないことを知っているからです。
「いじめっ子」は叩きのめしてやるくらいの罰を与えない限り「いじめられる側の痛み」を想像できないのです。被害者でない裁判員は被害者またはその家族の立場に立つことができないのであのような結果が出るのです。認識者は「殺してやりたい」と思っても実際に行動に移すことはありません。「火をつけてやりたい」と思っても実際に火をつけることはありません。これに対して行動者は考えたことを実行に移すのです。犯罪者の場合は通常「確信犯」と呼ばれます。確信犯の行動は執拗で、計画性があり、思ったことを思ったように実行します。逆上して、思わず犯した犯罪ではありません。考える時間が十分にあった上での犯罪です。上記二つの事件の犯人は両者とも行動者の犯罪です。今回も、報道を聞いていると、判決に至るまでに、犯罪を裁くことに苦しんで涙を何回も流したという一人の裁判員の感想がさももっともらしく流されました。メディアも愚かなことです。今回の強盗・殺人事件は「依頼殺人」だそうです。犯人は「死んでから首を切ってください」という被害者の懇願にも関わらず、電動のこぎりで「生きたまま首を切った」そうです。裁判員は認識者ですが、この際自分の親や子が、この行動者によって被害者にされた場合を想像してみて下さい。また、あなた自身が懇願する人間の生首を「依頼された身」で生きたまま切れるかどうか、犯人がおかれた状況に身を置いて想像してみればいいのです。人生経験が未熟で、想像力や精神力の貧しい人々の認識は行動者の状況を感得し,判断することができないのです。

2 反省だけならサルでもできる

畳の上で水泳の講義をしたり、反対に、講義を聞いただけで泳げるようになるかのような錯覚は想像力の貧しさから生まれます。子どもが人権作文に書く人権論の建前を実行できないのも彼らの現実認識が未熟で社会的能力が貧しいからです。
犯罪は行動者の行動の結果です。逮捕された犯人が処罰を恐れて、認識者に立ち戻って、反省の手紙や後悔の涙を示すことはあるでしょう。これに対して裁判員は最初から認識者として接しているのです。認識者の裁判員は、己の行為に愕然として認識者に立ち戻ったか、あるいは反省する振りをして認識者を演じる犯人の改悛の言動に軽々とだまされて、減刑したり、苦しんだりするのです。被害者の家族は被害の凄まじさの故に簡単に認識者には戻れませんから「いやだ!いやだ!」と叫ぶのです。あなた方の娘や親があのような刺し殺され方で人生を終らざるを得なくてもあなたは「無期懲役」にしますか、と叫んでいるのです。
認識者の反省が全て意味がないとは言いませんが,“反省だけならサルでもできる”とかつて笑いとばした通りのことが起こっているのです。両事件は「死刑」の是非を問うているものではありません。最高刑に値するか否かを問うているのです。
両事件はともに確信犯の犯行であり、現行の法律に照らして、犯人の最高刑は当然のことです。前の事件は認識者でしかあり得なかった裁判員が情に流された結果「無期」となり、今回の事件は辛うじて被害を受けた行動者の立場に踏みとどまったが故に「死刑」となったのです。70年生きてきて、察するに、日本は「認識者」の国です。いじめから犯罪まで、大抵の過ちは泣いて謝れば、いつか水に流して許してもらえるのです。被害者の「浮かばれない国」なのです。政治家のいう「有言実行」が聞いて呆れます。くれぐれも被害者にならないようにお互い気を付けましょう!!

未来の学校-学社連携の理論と実践-

筑豊地区の公民館職員研修会で頂いたタイトルは学社連携でした。学社連携を論理的に詰めて行くと「未来の学校」論に辿り着きます。以下は講演に先立って筆者がまとめた講演の要旨です。

1 学校と地域の「恊働」は「無縁社会」でこそ不可欠となります。

学校の問題の大部分は地域で発生します。原因は3つあります。以下の3点です。
第1は、家庭における規範教育の衰退
第2は、子どもの体力と耐性の著しい低下
第3は、地域共同体の衰退-地域の教育力の崩壊、です。

規範が教えられていなければ、学校の授業も集団活動も成立が難しくなり、ルールは機能しなくなります。
子どもの体力と耐性が低下すれば仮に規範を教えたとしても規範の実行が難しく、ルールは意味を失い、授業が授業にならなくなります。
学校で教わったことを家庭や地域で反復・練習する機会がなければ、知識も態度も感性も子どもの身に付くことは期待できません。
現在、家庭の教育力も、地域の教育力も崩壊し、学校単独では自身の課題に対処する能力を発揮できません。しかし、学校は地域と協力する能力と経験を未だ持ち得ていません。ここでいう教育力とは教育意図を明確に持ったプログラムのことを言います。だから、家庭にも、地域にも、「教育力がない」ということは「明確な教育意図を持ったプログラム」が存在しないということです。それゆえ、教育力を回復するためには家庭にも、地域にも「明確な教育意図を持ったプログラム」を創り出すということです。

2 究極の「学社連携」はコミュニティ・スクールです。

教育力を失った家庭と地域の学校への期待はますます高まり、学校の対応能力を越えます。すでに越えています。問題の多くが学校外で発生しているのに、学校だけで対応することはできる筈がありません。
可能な解決策は学校が当面する問題を家庭も地域も共有して「明確な教育意図を持った共通のプログラム」を創り出すことです。それが学社連携です。換言すれば、学社連携とは、学校教育と社会教育の協力関係を創り出すことです。その第1歩は学校が必要としている教育プログラムを地域の有志が実行することです。しかし、現状で学校は地域の協力を望んでいません。地域も学校に協力的ではありません。学校は閉鎖的で信頼を勝ち得ていないからです。学校が学校の問題を地域と協力して解決できるようになるにはまず学校が地域の方を向かなければなりません。「学校が地域の方を向く」とは「地域のために働くプログラム」を実行するということです。筆者が見聞したものには、一人暮らしの高齢者を学校の「ランチルーム」(カフェテリア)へお招きして、生徒が介助しながら一緒に温かい昼食を食べるというプログラムがありました。中高の水泳部の生徒が学校の開放プールで子どもや市民の世話をするプログラムもありました。コミュニティ・スクールの特別教室は放課後市民に開放されていました。私はその開放夜間高校講座でアメリカ史の勉強をしたことがあります。学校図書館とコミュニティ・ライブラリーも兼用のところがありました。一階が市民のための図書館で、2階は学校図書館でした。学校の授業が終了すると仕切りには電動シャッターが降りて一般教室とは物理的に遮断される造りになっていました。それがアメリカでいう「コミュニティ・スクール」です。文科省の言っているコミュニティ・スクールとは違います。日本のコミュニティ・スクールは学校運営に地域の意見を入れるというところにアクセントがおかれているだけで、地域の役に立つプログラムをほとんど有してはいないからです。

3 「学社連携」の第1条件は地域の協力的「有志」を発掘することです

研修会で私に与えれたテーマは「地域みんなで支える学校」を作ろうということでした。しかし、未来の学校は「みんなで支える学校」にはならないでしょう。地域共同体が崩壊したということは「みんな一緒」の生活スタイルが崩壊したということです。市民はそれぞれに自由な私生活をエンジョイすることを優先し、地域や学校のために生きているのではありません。すでに日本社会には自由な「自分の時代」が来ているのです。
共同体が崩壊したということはみんながバラバラになったということです。学校に問題が生じたとしても、地域の「みんな」が支えるという考え方は不可能です。それゆえ、「学社連携」の第1条件は地域の協力的「有志」を発掘することから始めなければならないのです。「無縁社会」の反対語は「志縁社会」です。「志」を共有する方々と連携するしか方法はないのです。「みんな一緒」にこだわれば、何も進みません。

4 学校と地域が「ウイン-ウイン」の関係を作れなければ学社連携はあり得ません。

学校と地域が「恊働」するためには双方に利点がなければ協力関係は生まれ難いことは自明のことです。整理して申し上げれば次の4点です。
第1は、社会教育と連携することで子どもが変わり、先生方の仕事が楽になることです。

第2は、学校と連携することで社会教育が子どもを対象とした地域の教育力を立て直すきっかけを得られることです。例えば学校の資源を活用した夏休みの子どもプログラムは実行できるでしょうか。「学童保育」は「学童保教育」になるでしょうか。

第3は、具体的な連携と恊働のプログラムを実施して、成果を上げ、学校や公民館に対する地域の信頼と協力を取り戻すことです。「信頼」とは外部の評価委員会が「よくやっている」と判断することです。

第4は、学校に協力する地域の個人が十分な社会的承認と評価を得られることです。日本社会は「社会に貢献する人」を顕彰するシステムを必要としています。「社会を支える人」の人権も、「社会に支えられている人」の人権も同じ法律上の権利ですが、前者が存在しなければ、後者は存在のしようがないからです。

5 外部の協力を好まない「学校の閉鎖性」

未来の学校を論じる上で最も障碍になる条件は「学校の閉鎖性」です。現状の学校の大部分は地域の協力も外部の学校運営への参画も望んでいません。その最大の原因は学校運営を地域に開いて、学社連携を進めるべきであるという行政上の基本方針が存在しないからです。「学校の閉鎖性」は長い時間をかけて形成されました。
主たる理由は以下の2点です。

第1は、「学校支援地域本部」事業が実施されるまで文教行政が学社連携の具体策を学校に説いたことはありません。現代の学校は、学習指導要領の対応を見ても、「いじめ問題」の対応を見ても極めて組織防衛型の官僚システムに似ています。上を見て仕事をしているということです。それゆえ、学社連携は文科省初等中等教育局の通達一本で学校は地域に開くということです。たったそれだけのこともやって来なかったということです。中央行政に学社連携の思想と方針がないということに尽きます。
第2は、外部評価にさらされたことのない学校は「外部の協力」を「干渉」や「監視」と受け取る教員集団の「孤立化」と開放を拒む「閉鎖性」を生み続けて来ました。教員集団の組織防衛と学校を特権化した結果です。

福岡県の旧穂波町の「子どもマナビ塾」や飯塚市の「熟年者マナビ塾」は学校を開放して、放課後の子どもや高齢者のプログラムを学校の中に創り出しました。まさに例外中の例外の事業です。背景には森本精造前教育長の基本方針と強力な指導力があったということです。歴史に「もし」はありませんが、文科省が森本前教育長と似たような方針を打ち出していれば、「マナビ塾」に限らず、サマースクールから子育て支援事業まで、全国で、学校と地域、学校と社会教育の恊働による沢山の類似事業ができた筈なのです。

6 「学社連携」の対象とする学校と公民館が上記のことを十分に理解した時初めて学社連携が可能になります。連携の進め方は次のような順序と内容になります。

第1ステップは、学校が納得するようであれば、地域の教育力を活用する「学社連携推進会議」を編成して、定例化します。
第2ステップは、学校が当面する児童生徒の教育状況を学社連携推進会議で診断し、指導方法の共通理解を図ります。
第3ステップは、推進会議の診断と処方を、学校と地域が協力して学社連携事業のプログラムをつくり、実行します。

連携プログラムの具体例は次のようなものが想定できます。

i校外活動を組織化し、地域指導者を活用する。

ii長期休暇中に学社が連携して実施する体験プログラムを創設する・・林間学校、臨海学校、学校キャンプなどへの地域指導者の全面導入
iii地域行事プログラムを工夫して特別支援学級や不登校児の校外活動を活性化する(佐賀市立勧興公民館)
iv 学校支援ボランティアの組織化と高齢者の活躍のステージを創造する(「飯塚市熟年者マナビ塾」)
v学童保育への教育プログラムの導入と地域指導者の活用(豊津寺子屋、山口市井関元気塾)
viキャリア教育における専門職業退職者の活用

131号お知らせ

第106回生涯学習フォーラムin福岡

日時:2010年12月18日(土)
15:00~17:00
研究発表:テーマと発表者
1 「勧興公民館-まちの駅」のコミュニティ形成機能と住民参画の志縁づくり 関 弘紹(佐賀県教育委員会)
2 テーマ未定 永渕美法(九州共立大学)
3 通学合宿で自立と自律を~飯塚市庄内生活体験学校が示したもの 正平辰男 (純真短期大学)
場所:福岡県立社会教育総合センター(092-947-3511)

第107回「生涯教育まちづくり移動フォーラム」in飯塚(仮)

フォーラムに先立って13:30-15:00はNPO「幼老共生まちづくり支援協会」設立総会を行ないます。関心のある方はご自由にご参加下さい。
また、点線下線部は設立総会への報告を経てこれまでの「生涯学習フォーラム」を「生涯教育まちづくりフォーラム」と名称を変更する予定です。詳しい理由は明年5月に出版する30周年記念誌で論じます。変更の要点は「国民の恣意的な選択に基づく」生涯学習では変化の時代への適応も地域の再生も困難であると判断し、社会教育を専門とするものは己の全能を傾けて国家・社会・市民が必要とする「あるべき生涯教育」を語るべきであるという考え方に立ったということです。

日程:平成23年1月22日(土)
研究発表:テーマと発表者
1 「未来の学校」  益田 茂(福岡県立社会教育総合センター)
2 「市民による市民のための生涯学習システム-生涯学習社会と言いながらなぜ市民の知識
と技術を生かさないのか-弓削暢彦、野見山和久(福岡県立社会教育総合センター)
場所:飯塚市穂波公民館(-0948-24-7458. 住所:
〒820-0083飯塚市秋松408.)

§MESSAGE TO AND FROM§
遥かな読者へ

昔のことになります。大規模生涯学習施設:宗像ユリックスが建設された頃、2,000席を越える大ホールを満杯にすることは至難のわざであろうという思いと、市民の自立的生涯学習振興の実験をやろうという二つの目的で、最少定員2,000人の「むなかた自由大学」の創設に関わりました。企画はできましたが、月1,000円、年間12,000円の会費を前払いで頂くという方式は、行政主導型社会教育の行政依存中毒症状が体中に廻った当時の人々に中々受け入れていただけませんでした。もし定員に達しなかったら実行委員はお詫びの記しに頭を丸めて会費は返金するということを実行委員会で決めました。中核実行委員の眼の色が変わり、「おれを男にしてくれ」という時代がかりの口上を繰り返して宗像市の近郊を飛び回りました。開会式当日、会員登録は2,066人に達し、頭を丸めることは免れました。
自由大学の1年が無事終了して、出席簿を点検しました。約400人の方が会費をお払いになったにもかかわらず、講演会には一度もご出席ではありませんでした。お金だけ出して中核実行委員を「男にして下さった」方々です。実行委員もよく頑張りましたが、陰で支えて下さった方々あっての「自由大学」の船出でした。以来「自由大学」は会員集めに苦労しなかったことは言うまでもありません。
私の「風の便り」にもそういう方々がいてくださいます。中でも遠くからお金だけ送って下さって一切沈黙を守って下さっている方々がいます。年の暮れにせめて一言お礼が申し上げたいと思いました。長い間見守っていただき本当にありがとうございました。来年も精進してがんばります。

福岡県筑後市 江里口 充 様

今回の「少年のゆめ」発表会では、難しいテーマを頂きました。講演で提案したゆめの話には続きがあります。
私が夢だと思ったものは父の夢だったり、自分が信じた夢が勉強の途中で取るにたらない「夢想」であることが分かったり、進化したり、夢破れたり、到達すべきところへ到達できなかったり、人生は実にさまざまでした。あの天才エジソンは、発明の夢に到達した時、成功とは99パーセントの汗と1パーセントの能力だと喝破しました。
少年たちの夢もさまざまな変遷を辿ります。何を隠そう、中年期に夢だと信じて猪突猛進した夢に破れた私は60歳を過ぎて再び、老いの日の研究を世に問うという夢に巡り逢いました。おそらく夢は最後まで追いかかけることができるものなのです!!
子どもたちには言っても分かって貰えなかったと思います。今回図らずもあなたが「風の便り」を製本して大事にして下さっていることを知りました。講演を聴いてくださった何人かの大人も老いの心意気を感じて下さったのでしょうか、著書を買って下さいました。「捨てる神あれば拾う神あり」、です。

東京都八王子市 瀬沼克彰 様

ご著書拝受いたしました。ありがとうございました。生涯学習-生涯教育の研究者こそ生涯に亘った研究を続けるべきだと考えるようになっています。特に、高齢社会の諸問題の多くは、定年前の現役教授陣には未経験の領域だと思います。図書館の棚に並んだ高齢者に関する書籍の多くが参考にならない(しつれい!!)のは「まだそこヘ行ったことのない人」が想像で書いているからだと思います。もちろん、我々も80歳の方の境遇にはまだほど遠いのですが、研究を続けて行けばおいおい分かるようになるだろうと期待しております。お互い精進・養生を続けて生涯研究を競い合って参りましょう。

愛媛県松山市 上田和子 様

再会が果たせて嬉しいことでした。和田さんにも辛うじて束の間の一期一会ができました。分散会でも興味ある事例に遭遇し、収穫の多い愛媛大会でした。大会の成否の要は実行委員会事務局の力量だということを思い知らされた大会でした。プログラムも摂遇も進化の跡の著しい大会でした。われわれも来年は30周年を向かえます。気を引き締めて準備にかかる所存です。今度は福岡でお目にかかることができるといいですね。

編集後記
詩歌のシャワー
白内障手術の入院を機に自作の録音教材を聞くようになりました。謹聴するわけではありませんが、一日平均2回ぐらいはシャワーを浴びるように聞きます。
自作録音の最初は、宗像市の図書館の朗読資料が極端に貧しいこと、県立図書館の音読資料づくり(「音訳」)の馬鹿げたルールを聞いて大いに反発したのがきっかけでした。
私の朗唱も、音読も自分が判断した通りに感情を込めます。抑制も強調も、抑揚も間の取り方も作品に感情を移入して自分の感じ方を基本とします。
確かに私が感じたことと聞き手の感情のあり方とは異なると思いますが、あらゆる表現はそういうものだと開き直っています。むかし「絶叫短歌会」(*)という活動を聞いたことがありますが、彼らこそ自らの表現を「絶叫」したいほどに「短歌」の中の自分の主張や情感を直裁に表現しようとした人々でした。私は世阿弥のいう「秘すれば花」の信奉者なのでまず絶叫することはありませんが、感情が朗読に反映することを意図的に抹殺しようと思ったことはありません。表現の強調も節度もまた感情表現のあり方だからです。
当然、わが朗読資料も自己流に偏った資料になっている筈ですが、ご希望があって先に作った朗読資料を友人に試聴していただきました。感覚的波長があったのでしょうね、友人が喜んで毎日聞いていますと言って下さったのが大いに励みになりました。
退院して3ヶ月がすぎ、枕辺に置いた録音資料は毎日聞いているのでほぼ完全に暗誦してしまいました。優れた作品も日々のご馳走と同じで、さすがに毎日では名作でも飽きが来ます。
先日、本棚の資料を探してふたたび好きな詩歌を選び出しました。八木山小学校の子どもたちが暗誦した「父よ、母よ、ふるさとよ」全32首を録音し、高村光太郎の「秋の祈り」・「樹下の二人」、白秋の「からまつ」・「片恋」、三好達治の「いしの上」、伊藤整の「雪明かりの女」・「蕗になる」、萩原朔太郎の「帰郷」・「漂泊者の歌」などを新たに加えました。昼寝や夜の就寝前に詩歌のシャワーを浴びています。いつの間にか眠ってしまうので、最後まで聞き通すことはめったにありませんが、突然詩歌の文言が思い浮かんで口に出ることがあります。無意識に頭のどこかが聞いているのかも知れません。
不安と願望の間で悶々として詩歌を漁っていた若い頃を思い出し懐かしさでいっぱいです。詩歌のシャワーは、入院時の「怪我の功名」です。「怪我の功名」は、更に転じてあるボランティアグループのための朗唱を実演することになりました。人生は面白いですね。

(*)「絶叫コンサート」とも呼ばれる。早大短歌会の福島泰樹が代表的一人。