「風の便り 」(第154号)

発行日:平成24年10月
発行者 三浦清一郎

論語の真実
「これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」

1 子どもたちの証明

 表題は、井関の子どもたちが暗唱している論語の一文です。
 上手になる子どもは課題が大好きです。ほとんど例外がありません。「井関」の指導は、「教育」を「遊び」に翻訳していると書いてきました。子ども同士の競争原理もふんだんに取り入れ、「努力した者」や、「勝った者」にはささやかな「褒美」を出すシステムも遵守してきました。特に、「挑戦者」は指導員全員で褒め上げることを指導の原則としてきました。
 課題の初期段階では、上手にできないので、ためらったり、避けようとする子どもが必ず出ます。指導員の皆さんも新しいことについて「尻込み」することは同じです。筆者の存在は「鬼」の「役目」ですから、容赦なく「挑戦」と「実行」を「強制」します。昔聞いた「破産管財人」の方針を我が方針としています。すなわち「正面の理、側面の情、背面の恐怖」です。また「強制」の論理の背景は、これまで繰り返し書いてきた「教育の3原則」です。すなわち、「やったことのないことはできない」、「教わっていなければ分からない」、「練習しなければ上手にはならない」の3つです。
 子どもも指導員も、激励と賞賛と強制を交えて指導を続けていると段々できるようになります。できるようになってくるとプログラムの面白さが分かって、ためらいや拒否が激減します。指導員の先生方も、自分が子どもを変えている、と実感できるようになります。
 そうなると練習に身が入り、反復を繰り返すので、大人も子どもも、ますます上手になって行きます。指導者がすかさず認めて、褒めて、励ますのはこの時です。子どもへの拍手や仲間の前での賞賛は「社会的承認」と呼ばれて、心理学のいう「エネルギー保健食品」にあたります。子どもはここからプログラムが「好き」に転じ、一気に「楽しみ」に飛躍することもあります。その先は自分で進んでやるようになるのでほとんど指導が要りません。保護者の皆さんが見学してくださると、見る見るうちに技量も上達します。まさしく「これを楽しむ者にしかず」なのです。「書き取りの練習」も「朗唱」も「身体能力」の指導も、競争原理を取り入れ、遊びの要素を絡ませ、子どもが楽しんでやるようにすれば、あっという間に上達するのです。

2 高齢者の真実

 民間放送教育協会に所属する33局の制作者が「年を重ねるとは何か」、「自分は何者か」という問いを投げかけながら、各地の「様々な人生の軌跡」を取材したインタビュー・プログラムが1冊の本になりました(*)。取材対象は長生きして活動している人が多かったのですが、ドキュメントの総括的結論は表題の通り「やりたいことはまだまだある」ということになりました。象徴的ですね。「やりたいことのある人」は、心身の健康に気を使うのです。「やりたいことがいっぱいあるので」、「元気でいたい」、「未だ生きていたい」、「未だ死にたくない」という意味でしょう。
 活動している人はお元気で、未だ人生に目標があるのです。個々人の人生観や好みの問題も関係するでしょうが、「やりたいことのある人」は健康に留意し、生に執着するということです。逆に、無欲な人はPPK(ぴんぴんころり)であっさりと逝ってしまうかというと、そうは問屋が卸しません。生老病死は老いの宿命です。健康に留意しない生き方は、目的地に軟着陸(ソフトランディング)はできません。必ず途中で、クラッシュ(衝突)や墜落など様々な故障が起るからです。それが生活習慣病や不注意による事故です。
 しかも、現代の社会福祉のシステムでは、簡単に死なせてもくれません。人生が到底あなたの思い通りにならない、ということが分かっても、最後はチューブに繋がれて、植物人間になっても生かされ続けるシステムになっているからです。
 生涯を健康で、最後まで活動的で、社会に参画して生きることは天晴れです。最後まで「やりたいことがある」ということは目的も、目標も失っていないということです。だから健康寿命も延びるのです。ここでもまた、健康寿命の原理は、「お元気だから活動するのではありません、活動しているからお元気なのです」ということになります。そして「活動」の継続については、「これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」ということなのです。孔子様は、学習の原理はもとより、健康寿命の原理までお見通しであったということなのでしょう。

(*)民間放送教育協会編、やりたいことはまだまだある、PHP、2005年

隠遁実験の結論
-「休めば錆びる(エディソン)」

1 夏バテか、燃え尽き症候群か

 夏が終わって身体の力が抜けてしまいました。身体の何処にもこれと言って異常はないのに、延々と眠りに眠っています。
しばらく通常に仕事は続けましたが、意志の力だけでこなしました。しかし、講演、出版、「風の便り」の原稿執筆、生涯教育まちづくりフォーラム、出版記念食事会、井関の子どもの指導など何一つ物事を楽しんでいないという自覚症状に気づきました。井関の指導で、巻頭小論の通り、論語の言う、「これを楽しむ者にしかず」を実感していた矢先なので、状況は「要注意」であると判断しました。
 この夏は、「老年学」の出版と「井関の学童指導」と「介護予防カルタ」の解説文に加えて通常の論文など少し無理をしました。夏バテかあるいは燃え尽き症候群か、もしかするとその両方が同時にやってきたと感じました。

2 初めての「隠遁」実験

 初めてのことですが、この「眠さ」は、単に精神力で突破する問題ではないと自分でも感じたので思い切った対処法をとることに決めました。
 ちょうど区切りよく、一週間まるまる、講演がなく、ボランティア英語の授業は休み、「風の便り」は書き上げ、かるたは月末まで動かないという時期です。「老年学」の出版も果たし、遠くの子どもたちへも「無事の便り」を送りました。この機会に家にこもって世間を遮断して、本格的に休んでみようと考えました。と、いう訳で、1週間の「隠遁」実験に踏み切ったのです。
 ひたすら眠ることを心がけ、世間のことは何もしないと決めました。いろいろハプニングもあって、なかなか世間は放っておいてはくれないのですが、それでも朝寝、昼寝を含めて一日平均十数時間は眠りました。全く動いていないので食欲はありません。絶食もたまにはいいと、健康指南書に書いてありましたので、腹が空いたときだけ軽く食べるようにしました。果物を買い込み、イスラム教のラマダンに近い生活になりました。
 4日目位から自覚症状が現れ、朝の手のむくみが取れ、犬たちとの散歩のときの身体が軽くなりました。ビデオは借りませんでしたが、夕方から就寝前までは映画チャンネルを探して古い映画を見ました。刺激を受けて、映画評論もしてみたいと思いました。
 仕事中毒人間が休むということは難しいことです。5日目には、人恋しさも限界となり、一日早く世間に復帰することに決め、6日目の土曜日に関係者に復帰のメールを送りました。
 短時日では効果のほどが分かりませんが、「隠遁実験」はいろいろな意味で成功だったと思います。
 第1に、「休めば、錆びる」を痛烈に実感しました。脳細胞から筋肉まで、健康な人間の「安静」は禁物だということが身にしみました。高齢者の「引きこもり」は健康寿命にとって致命的だということです。退屈も人恋しさも大問題でしたが、何よりも「休めば、錆びる」というボケの恐怖に駆り立てられました。思い出せない「人の名前」や買い物に出て「買うべきもの」を「忘れて」きたりすると「おれもいよいよか」と狼狽えて、怯えました。仕事を開始してほっとしております。
 第2に、人間は、「心身一如」ではあるが、同時に「心身は別の存在」ということも実感しました。意志だけでがんばることが病気を引き起こすことになるということを学びました。書き上げたばかりの「老年学」を思い起こし、「がんばること」の大事さも、時に、「意志を捨てること」の重要性も同時に思い至りました。
 第3に、人間は家族や友達がいなければ、生きることが難しいと改めて実感しました。「無縁社会」の「ひとり暮らし」には、戦略的な自己防衛が不可欠であることも自覚しました。煩わしいことを果敢に「断・捨・離」することと、自らに必要な「人・もの・事」は意識的、自覚的、積極的に選択する事の重要性も痛感しました。

3 映画「乱観」

 若い頃の「乱読・集中読書」が効果絶大だったように、年を取ってからの「集中映画鑑賞」も効果大であったような気がします。つまらないので途中で止めた映画もたくさんありますが、直前直後を含めると、以下のような映画を見ました。
『ウインドトーカーズ、バージンクイーン・エリザベス、さゆり、海猿、シティ・ヒート、ポセイドン、A Few Good Men、ラストサムライ、英雄の条件、紀元前1万年、王様と私、無宿、アンダルシアの女神、ワイルドアパッチ、ファイアーウオール、告発の時、マーシャルロー、トレーニング・デイズ、オールドルーキー、沈黙のステルス、ジャッカル、シビルアクション』
 途中で投げ出した映画をいれれば、まさしく映画漬けの一週間でした。乱読ならぬ、乱観でしょうか。PCは封印していたので、この間の感想や意見はポストイットにメモしました。乱観した映画については、「風の便り」の紙上を借りて、すこしずつ、男女共同参画論、人生の美学、シナリオの作法などについて小論をまとめていくつもりです。

「Outlaw」国家との付き合い-経済界の自己責任と他力本願-

1 「Outlaw」国家の横暴は政治の責任か?

 「風の便り」では政治論議はしないことにしていますが、経済界のいい加減さにはさすがに頭に来ることがあります。先に書いた隠遁生活の中の映画の切れ目に、天気予報を探していて、たまたま経団連会長と日本商工会議所会頭のインタビューを見ました。せっかくの休みを不愉快な思いに満たされ、やはりテレビは消しておくものだとしみじみ思いました。
 尖閣諸島を巡る中国の嫌がらせに対して、「民間が営々と築いて来た日中関係を一気に崩壊させるようなことになれば誠に遺憾である」と米倉会長,「しかるべき外交ルートでなんとかしてもらいたい」というのが商工会議所の岡村会頭のコメントでした。
 何ともいい気なものです。経済界の自己責任とすべき問題を政治のせいにして、「なんとかしろ」というのは他力本願と言われても仕方がないでしょう。もうけたい一心で中国に進出したのは、個々の企業であり、中国進出の旗を振ったのは経済界自身の筈です。当然、中国が経済と政治を分離した独裁国家であることも、国際法規を守らない「ならず者国家」であることも承知だった筈でしょう。独裁国家である上に、自己中丸出しの古い帝国主義国家の有り様は国際社会の評判など歯牙にもかけません。「著作権問題」しかり、「餃子事件」しかり、「東シナ海のガス田開発」しかり、テレビを見なくなった小生にも記憶に新しいことばかりです。「天安門事件」の市民弾圧は多くの人の記憶にあることでしょう。遡れば、チベットや新疆ウイグル地区の強行支配、インターネットの表現の自由の抑圧から政治活動の制約まで、何から何まで現在の日本とは国の「あり方」も、国民の生き方も違うのです。

2 もうけ主義の反省はないのか?

 中国という国は、ただただ海洋資源が欲しいという一点で、強欲にも、領土権問題ではあらゆる周辺国家と確執を起こしています。アメリカとフィリッピンの政治的距離が遠くなった途端に、フィリピンやベトナムなど国境が入り組んでいる南沙諸島を実行支配しようとしました(*)。「ならず者」は英語でOutlawです。フィリピンのアキノ大統領は「国際法を守れ」と中国に抗議をしたそうですが、最初から分かってやっている「確信犯」ですから通じる筈はないでしょう。Outlawは文字通り、「法律(law)」の「外(out)」で「生きるもの」という意味です。もうけたい一心でそういう国と付き合ったとして、うまく行かなくなったことの責任は当然当事者にあるのです。経済外的リスクについて、知らなかった訳ではなく、今更、泣き言を言える義理ではないでしょう。それとも、「穏便に済ませよ」ということは、東シナ海のガス田開発を強行している中国に尖閣諸島もくれてやれということでしょうか?
 中国進出に狂奔した経済界や、それを後押しした政治家には、もうけ主義の反省はないのでしょうか?

3 「和して同ぜず」

 自国の人民が日本企業を破壊したり、略奪したりしていても、見て見ぬ振りをしている国家と付き合う以上、多少の損失や危険は覚悟の上と心すべきでしょう。日中経済界の接近を仲介した政治家がいるとすれば、彼らもまた同罪です。日本の生産技術、商品管理、会社経営の組織論を必要としたのは中国だったはずです。アメリカが行きたければ、アメリカに譲り、韓国が進出したければ韓国に譲ってよかったのです。経済活動の自由と独裁政治が矛盾・衝突することを承知の上で進出したはずですし、仮にそこに気がつかなかったというのであれば、準備不十分、覚悟不十分です。「商売相手」の研究もろくにしなかった無知の責任は経済界自身が負うべきことです。わがまま勝手の相手の言いなりになって、出かけて行ったのは安い労働力で一刻も早くもうけようというさもしい魂胆があったからです。結果的に、中国経済の躍進によって、日本のシェアも奪われ、国内の労働市場は空洞化しました。2度目の天安門事件が起これば、政治的に弾圧された想像を絶する数の難民が九州に殺到することでしょう。その時、どう対処するのか。「受け入れるのか」、それとも「実力を持って排除するのか」。外務省や政治家は多少の準備をしているのでしょうか!?
 中国人自身が言っているではないですか。「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」です。「潜在的なOutlaw国家」とは、仲良くしても迎合する必要はなかったのです。まして、日本人の生命、安全、財産を危うくするような付き合いをする理由は全くないのです。

(*)南沙( スプラトリー)諸島と呼ばれるサンゴ礁は、中国、ベトナム、マレーシア、台湾、フィリピン などの国境線が複雑に絡み合っている。当然、海洋資源も眠っているということです。

生命、財産、安全の防衛

1 あらゆる組織は「威力防衛」の仕組みが構成員を守っている

 「暴力」という文字は「暴れる」「力」ですから、不吉な感を抱かざるを得ません。暴力教師も、暴力警官も、世間の指弾を受けて、論難され、多くはその職を失います。「暴れる」「力」とは、基本的に「法律外」の「力」のことです。前掲のOutlaw国家中国は、言い換えれば「暴力国家」です。しかし、人々が否定しているのは「暴れる」であって、「力」ではない、ということです。
 暴れることのない中立的な力は、「威力」と言い換えたり、「実力」と置き換えたりしています。もちろん、この「力」は「物理的な力」であることは疑いのない事実です。具体的には、軍隊や警察がその実例です。「力」をもって市民の安全を守ることが生命、財産、安全の防衛だとすれば、公共の安全は「組織的に承認された物理的な力」の装置が守っているのです。同じ「力」でも、国家や社会が承認すると、単なる「物理的力」は、「治安維持力」になります。これが「法律」の承認した「力」の意味です。しかし、独裁国家の「治安維持力」は「市民・人民」を弾圧するので見方によって「暴力」に変じます。
 昨今のアフリカや中近東での独裁国家の終焉は、民衆やそれに同調した軍の蜂起によってもたらされたものですが、あれも疑いなく「暴力」と呼ばれるべきでしょう。クーデターの場合には、「誰か」が治外法権的な「暴力」によって政権を奪取することを意味しています。「法」や「決まり」を無視して発揮される力が「暴力」であるとするならば、民衆蜂起もまた「暴力」であることに違いはありません。世間も、世界も、一定の条件の下で「暴力」の存在は認めているということです。
 「天安門事件」や「シリアの内戦」に見るように、「正義」の「定義」次第で、「治安維持力」と「暴力」の違いは紙一重なのです。自衛隊を「暴力装置」と呼んで物議をかもした政治家がいましたが、これなどは発言者のイデオロギー次第で法律によって承認された「中立的な力」も「暴力」と解釈されることがあるという「例」です。このように、「力」が誰のための「力」で、誰のために使われるかによって、暴力の定義は変わるのです。軍隊や警察のように国家に承認された「治安維持力」も、時に「暴力装置」に変化することも認めなければなりません。「治安維持力」が「暴力」と見なされるか、否かは、国家の性格次第なのです。それゆえ、無政府主義者にとっては、国家こそが「暴力装置」だということになるのです。多くの日本人にとって、北朝鮮や中国の治安維持力は、限りなく「暴力」に近いと感じているのではないでしょうか?
 問題を複雑にしているのは、今や、民間が「組織的な力」を所有し、契約によって人々の安全を守る時代になりました。「警備保障会社」の存在がそれです。アメリカの場合には、民間の警備会社がイラクやアフガニスタンのような外国での「軍事作戦」まで受け持つ場合があるのですから、国家の監督を離れた「組織的な力」と「暴力」とはまさに紙一重なのです。
 筆者の知る限り、軍隊や警察のような「治安維持力」を保持していない社会は存在しません。そのことは、どの社会にも例外なく、市民の生命、財産、安全を脅かす暴力や反社会的な行為が存在していることを意味します。もちろん、筆者が関わっている井関の子どもたちの中にも同じ問題が存在しています。問題は、教育界には「威力防衛」の仕組みがなく、被害者となる子どもの生命、財産、安全を守れなかった、ということです。

2 「いじめ問題」の原点-被害者を守れない教育界-暴力を押さえ込む「拮抗力」の不在

 井関の4年生の男子が1年生男子の腹を蹴り上げ、その行為を叱った指導員を「ばばあ」呼ばわりしたあげく、「うぜえんだよ、お前は」と言ったという報告を受けました。4年生男子の行為は疑いなく「暴力」ですが、現行のルールでは、こうした加害者の子どもの暴力に対抗し得る指導者の側の「拮抗力」の行使は否定されています。指導員は、どんなに激怒しても言葉の上で--責するに留めるしかありません。現在の教育界には、上記のような子どもの暴力を押さえ込むための組織的に承認された「治安維持力」は存在しないのです。結果的に、「いじめっ子」も、「暴力生徒」も、多くは学校の「指導のままごと」の地平に放置されてきたのです。身をすり減らして指導に当たっている先生こそ「いい面の皮」です。当然、多くの被害者もまた指導者から守ってもらえずに、放置される結果になります。だから、自分で自分を守れない人間は潰されます。それがいじめ問題の原点です。
 関係者の誰に聞いても当該4年生男子の数人は保育所の時代から問題児であったと言います。もちろん、学校でも1年のときから問題児であったと聞きました。問題児が問題児のまま4年生になったということは、家庭と学校のしつけが欠落しているということです。このような子どもは日本全国何処にでもいます。このような子どもについて、戦後の教育界は基本的に無力であり、教育効果も上がっていません。この間、問題児は下級生や弱いものいじめをして、「腹を蹴られた1年生」のような被害者が出続けたということは想像に難くありません。戦後の学校教育法第11条が「暴力」に対する「拮抗力」を封じ込め、以後、政治家も、中央行政も見て見ぬ振りをしてきたからです。
 井関の学童では、前回も、一人を3人がいじめたという報告に接し、筆者が厳しく叱りましたが、どんなに厳しく叱っても、言辞による叱責はこの種の子どもには通じません。基本のしつけを欠き、言語的な感受性の鈍い子どもは、言葉の厳しさをあまり感じないのです。言語による叱責は、一時、首を縮めてじっとしていれば、台風のように過ぎてしまうものです。叱責の言葉はもはや身体に滲みて行かないのです。問題児はそのようにして放置され、いじめはそのようにして繰り返されるのです。場面が違えば、また似たようなことを繰り返します。3人が一人をいじめたという中の一人が、上述の通り、今度は1年生の腹を蹴り、指導員に悪態をついたということでした。しかし、筆者はその場にいませんでした。
 こうした子どもたちは、おそらくこの種のことを繰り返し、保育所も学校も学童保育もお手上げのまま今日に至ったということでしょう。被害者を守るためにはこの種の子どもは「力」で押さえこまなければなりません。程度は違いますが、未成年の犯罪者を強制的な力を持って、少年院等の社会的矯正施設に送らなければならないということと原理的には同じことです。

3 「体得」こそ教育の原点

 相次ぐいじめや暴力や悪態の知らせに、筆者は改めて決心し、井関でも、これまでやってきた「青少年野外キャンプ」や「豊津寺子屋」の経験に戻ることにしました。経験とは、「ルールに従わず、他の子どもを著しい危険にさらすような行為を止めない子どもは、物理的に処罰する」ということです。
 残念ながら、筆者のやり方は、現状では「指導者の暴力」と呼ばれますが、小生はこれまでの教育指導を、最終的には「力」をもって事故なく乗り切り、被害者と秩序の両方を守ってきました。
 井関の主任指導員さんには次のようなメッセージを送りました。『指導員の皆さんは規則と決まりに縛られて「物理的な指導力」を発揮できませんが、小生は一介のじいさん指導者ですから、多少のことで世間と揉めたとしても自分で責任を取ればいいことです。幼稚園から学校まで、現在の教育機関は、「いじめ」や子どもの「暴力」に対して実質的に無力です。日常行動においては、かならず「いじめられた側」を守るという原則が指導者に必要です。筆者の指導法について、保護者から文句がでたら、「厳しく対処しなければ、いじめられる子どもを守れない」と説明してください』。
 最近、文科省による全国のいじめの調査が行われ、膨大な数が報告されたということです。当然のことです。原因は、教育機関が「海水浴における『赤い旗』を超えて行く子ども」を物理的に処罰する指導上の「拮抗力」を認めないからです。最大の責任は、荒れた学校の現場に立つこともなく、現場の状況に頬かぶりして学校教育法第11条を放置し続けてきた政治家や文科省にあるのです。『「悪ふざけ」も「いじめのうち」だとお考えください。本来は、校長先生が為すべきことですが、私が現場にいるときは、以後、いじめっ子は遠慮なく叩きます』。
 そのように宣言した折から、筆者の目の前で筒状の紙の棒で同級生の顔を叩いて泣かせた4年生男子がでました。筆者は、ためらいなくその子のほっぺたを思いっきり引っ叩いて、「以後行動を改めない限り必ずこのようにする」と宣言しました。初めて見る光景だったのでしょう。50名の子どもは震え上がって深閑と静まり返っていました。子どもは「鬼」の規律の存在を体得し、井関に秩序が回復しました。悪ガキどもは、以後、「ご指導ありがとうございました」と言って帰宅するようになりましたが、彼らが「猫をかぶっている」としたら、早晩日本国は滅ぶことになるでしょう。

4 「体得」の原点は「個体性」です

 教育にとって一番の困難点は人間の「個体性」です。存在の「個体性」とは「誰も代わりには生きられない」ということです。すなわち、痛みも,悲しみも、喜びも、満足も,誰も他者とは代われない、ということです。存在を分断された人間の個体が喜怒哀楽を共有しあうことはまず不可能です。
 他者の「痛み」は、他者の身になって初めて想像することが可能ですが,問題は「他者の身になる」ことが極端に難しいということです。生来優しい人は稀にいます。そういう人々の「感情移入」の能力は特別の能力です。世界中至る所で人が弾圧されていても、飢え死にしていても私たちは平気で生きているではないですか!人間の個体性を人権学習とか平和学習とか机上の空論で乗り越えることは到底出来ないのです。日本人の知恵はこのことを一言で言い表しました。「人の痛いのなら3年でも辛抱できる」という言-がそれです。悪くいえば,他者の不幸に対する我々の無関心の原点がここにあります。人権学習や平和学習の流行のまっただ中で子どものいじめもまた大流行しているではないですか!極論を言えば、時代や世の中がどんなに不幸に満ちていても人間は無関心でいられるのです。自分が中心で、自分を律することさえ出来れば生きて行けるということです。頭でっかちの教室の学習でいじめられる相手の身になって考えることなどできっこないのです。学校の人間観、戦後教育行政の人間観が誠に浅薄で、甘いのです。言語や知識はある程度まで共有が可能ですが,喜怒哀楽の情や人間の意志を他者と共有することは大変困難です。人生経験の薄い子どもではまず不可能と言って過言ではないでしょう。他者の身になって、それぞれの認識や心理的な距離を縮めるためには少なくとも似たような体験を経る以外に方法がないのです。「我が身つねって人の痛さを知る」です。教育における体験が重要なのはそのためです。また,言語や知識はある程度まで共通化し,客観化することが可能ですが,当人の技能や行動や納得は特定の個体が得心し、会得することになります。特定の個体が会得したものを,言語だけで別の個体に説明することは極めて困難です。技能につきものの「コツ」一つをとっても、言語による共通化や客観化は困難です。「やってみなければわからない」のはそのためです。ここに「体得」の重要性があります。「身にしみた」という後悔も,「腑に落ちた」と納得することも,「身に付いた」という自信も、言語上の理解を超えています。上記の理解は体験を通して心身の機能の全体が得心したということです。「理解」すると言うよりは「体得」すると言った方が正確でしょう。「身体に教える」という言い方や「身をもって知る」という言い方は「体験体得」した、と言い換えていいでしょう。
 筆者が叱った子どもは、「いじめたら」「あいつにやられる」ということを最小限「体得」したのです。現状で筆者は「暴力指導者」の汚名に甘んじなければなりませんが、筆者が井関にいる限り、いじめっ子が下級生や弱い子どもに暴力を振るうことはないと信じています。

国際結婚の社会学-番外編
「数え年」の人間思想

 前号で死産で生まれてきた次女の「水子の葬儀」についての文化問題を書きました。何人かの方から、ご批評をいただきました。その中に、日本人の「数え年」の人間観を教えて下さった方がいました。指摘を受けて得心いたしました。前号の執筆時点では全く知らなかった人間思想でした。

1 「水子」とはだれか?

 読者の感想に接し、改めて「水子」の概念を調べ直してみました。筆者のこれまでの理解とは違った意味も書いてありました。辞書の定義はおよそ次の通りです。
 「水子」とは、「生まれて間もなくの赤ん坊、または流産した胎児(国語辞典、三省堂)」。「水子」は「生まれて間もない赤子(広辞苑)」。一方、インターネットのキーワードで引いてみたら、「自然流産や人工流産(人工妊娠中絶)または、死産した胎児の事」とあり、「親が見ることの出来なかった子ども」から転じた「見ず子」という意味も含まれている(Hatena::Keyword)と説明がありました。
 「水子は本葬式をせず、したがって仏の数に入れない。入れるとかえってよくない。こうしておけば、やがて生まれかわってくるものだと考えられている」( 日本大百科全書小学館)という解説もありました。
 仏教の「水子」の戒名は「すいじ」と読む、とありました。江戸時代から水子の供養はあったということですが、「水子の葬式をするとその子があの世でいじめられる」と信じていたという記述もありました。
 近年の解釈では、妊娠中絶をした胎児はすべて水子で、「見ず子」です。1970年代から、母の辛い気持ちにつけ込むかのように、特定の宗教者が中絶者を意識した「水子の祟り」を世間に言いふらし、各地で寺と墓石業者が組んで大々的に水子供養が始まったという解説もありました(Wikipedia)。インターネット上には、各地の各寺院の「水子供養」の宣伝がたくさん出ていますから、「水子供養」が現代の仏教ビジネスになっていることは疑いないでしょう。
 小生も妻も亡くなった次女もとんだ時代に生き合わせたということのようです。

2 「数え年」とは何か?」

 日本の習慣に「満」と「数え」があることはどなたもご存知でしょう。小生ももちろん知っておりました。しかし、今回、前号の「風の便り」を読んでくださった福岡県中小企業経営者協会の小早川明徳会長から、「数え年」の由来についてご指摘を受けるまで、その正確な意味を考えたこともありませんでした。
 もちろん、「満年齢」は、生まれ落ちてから、現在までの実年齢である事は分かります。しかし、なぜ「数えの年齢」があるのでしょうか?
 「数え年」の慣習については、当然、複数の辞書も引いてみました。三省堂の辞書にも、広辞苑にも、「生まれた年を1歳とする数え方」としか書いてありませんでした。前掲のインターネットでも調べてみました。ここでも、「生まれた年を1歳として基点とする」。「正月がくるごとに1歳を加える」というような説明しかありませんでした。文化概念上の重要問題は、「なぜ1歳を基点とする」のか、ということです。しかし、どこにもに説明はありませんでした。辞書がこの程度の説明ですから、よく意味も分からず私たちが「数え」の年齢を使っていたのは仕方のなかったことかもしれません。少なくとも小生は、「数え年」の由来に関する原理上の説明をこれまで聞いたことがなかったからです。

3 「満」と「数え」の人間観

民間の口伝であるが、と前置きされた小早川氏のご説明は、実に明快でした。しかし、同時に、氏の説明は、中絶問題や人間観の上で、思想的に厳しい原理上の基準を含んでいる事にも気づかされました。小生が漠然と考えてきた「水子」の発想も根本から変わってくると思いました。日本人の「数え年」の習慣は、生まれ落ちてからの人間の一生に「母の胎内で生きた時間」を加えているからだというのが、小早川氏の説明でした。
 まさに「目から鱗」で、人間の年齢に「母の胎内で生きた時間」を加算することで、これまでの疑問のすべてが解けました。妊娠中の十月十日を加えれば、生まれ落ちた時は、0歳ではなく、1歳になります。満1歳の誕生日は、「数え」で2歳になるというわけです。
 「数え年」は、満の年齢に「母の胎内で生きた時間」を加えたものであるという発想は、重大な「人間」観を示唆しています。お寺さんも「数え年」の慣習は知っていた筈ですが、「口伝」も聞いたことはなく、小早川氏のような発想はしたことがなかったのでしょう。「受胎」から既に人間であれば、流産の子も、死産の子も人間として死んだ事になります。それゆえ、多くの寺が考えてきた「水子」の概念もひっくり返ります。「数え年」の概念では、「水子」も自動的に人間になります。それゆえ、「人間として認められない水子の葬儀はしない」というお寺さんの考え方もひっくり返ります。
 「数え年」を認めるのならば、「葬儀をしない」というお寺さんの方が間違っているのです」という小早川論はまさに納得でした。
 かくして、「数え年」の思想は、アメリカの「プロライフ」の思想に重なります。命の「宿り」から、「すでに人間」なのだという考え方は、生命原理主義の思想と呼んでもいいのではないでしょうか。それゆえ、アメリカの「プロライフ」の人々は一貫して「中絶は殺人である」と主張して来たのです。
 しかし、翻って、ほぼ簡単に中絶を認めている日本社会は「満年齢」の原理で突っ走ったということになるでしょう。「満年齢」は、論理上「生まれ落ちる前の胎児」を人間として認めない原理を前提とします。それゆえ、生まれ落ちた赤ちゃんは0歳で、1年後の誕生日で1歳になるということでしょう。かくして、「数え」も「満」も、人間観についての重大な思想上の問題を突きつけているのです。すなわち、「数え年」の原理によれば、親の都合による中絶は「殺人」であり、日本社会はそれを黙認しているという結論に帰着します。また、アメリカで言えば、女性の選択を保証する「プロチョイス」の問題は、「満年齢」の原理を前提にしていると言ってsいいのでしょう。深読みすれば、日本の辞書が「数え年」の思想上の前提を説明していないのは、社会の混乱を避けるために、敢えて説明を回避したということも言い得るのです。「水子」の葬儀に発した筆者の文化論は、「満」と「数え」の思想によって、思いもよらぬ方向に問題を波及させることになったのです。

154号 お知らせ

1 11月の第125回生涯教育まちづくりフォーラムは長崎県平戸の研修と合同する移動フォーラムです。ご参加を希望の方は、森本代表が長崎県以外の参加者を取りまとめておりますので、ご連絡ください。
→Morimoto morimoto@oks.or.jp

2 また、12月のフォーラムは主要メンバーが愛媛大会の応援や井関学童クラブの発表会で多忙なため今のところ予定を立てておりません。その代わり、1月には2つの研究会を予定しております。
(1) 1月12日(土) 第126回生涯教育まちづくりフォーラムin島根(会場、時間、プログラムの詳細はまだ未定です。)
(2) 1月26日(土)「生涯現役・介護予防いろはカルタ」完成披露研修会
-カルタ大会&記念講演-
日時:平成25年1月26日(土)
13:00-15:30
主催:リハビリ・サークル再起会
共催:生涯教育まちづくりフォーラム実行委員会(交渉中)
会場:山口県下関市、下関社会福祉センター大ホール(交渉中)

§MESSAGE TO AND FROM§
 お便りありがとうございました。いつものように筆者の感想をもってご返事に代えさせていただきます。意の行き届かぬところはどうぞご寛容にお許し下さい。

若松「うらやまガラッパ」のみなさま

 皆様お元気にご活躍の現場で再会できてうれしいことでした。若松の研修が未だに息長く続いていることに感激しました。思えば、社会教育は、人間世界の不思議な組み合わせを演じ、子どもたちを加えれば、通常の人生ではあり得ない巡り合わせを創り出しますね。無縁社会の中に子どもや高齢者の「志縁」を創り出す機能は、社会への貢献を前提とした活動以外にはあり得ません。政治や教育行政が一刻も早くこのことに気づいてほしいものですが、「それぞれが好きにやればいいのだ」という「生涯学習」を信奉しているかぎり難しいことでしょう。

鳥取県米子市 卜蔵久子 様

 「生涯学習論」だけで現代の課題に対処することはできないという過日のご指摘はまことにそのとおりです。生涯にわたって社会的条件が変化する時代においては、生涯にわたる継続的な適応と革新のための教育が重要になるのは論理的必然です。変化の時代に「教育」を捨てることは自殺行為です。社会教育を「生涯学習」に置き換え、「生涯教育」まで捨て去ったのは、教育行政の最大の失敗でした。不勉強な政治家もまだ気がついていないのです。
 生涯学習概念の「建前」は、学習内容は市民が自由に決めるものであるということです。したがって、適応や自立のための診断や教育処方が必要な市民がいたとしても、社会教育が教育機能を発揮することを事実上封じてしまっているのです。今や、「生涯学習」そのものが凄まじいまでの「格差」を生み出しているのです。「格差」は、知識格差に始まり、情報アクセス能力の格差、健康格差、交流格差、生き甲斐格差、自尊感情の格差と続いているのです。「生涯学習」でいいのだと言うことは、市民の選択なのだから「格差」は是正しなくてもいいのだ、と言うことと同じなのです。

カルタの事前ご注文ありがとうございました。
福岡県飯塚市 本川八重子 様、佐賀市 勧興公民館 様
福岡県小郡市 宮原夕起子 様、新潟県加茂市 山本悦子 様 

 カルタは山口芸大の2年生で伊藤愛奈さんの挿絵も完成し、印刷所へ渡しました。10月下旬に完成予定です。

印刷・郵送料をありがとうございました。
新潟県加茂市 山本悦子 様 
福岡県築上町 雨宮一正 様
お二人の分は2013年の登録第1号としてお受けいたしました。

2013年の「風の便り」更新のご案内

 「風の便り」は1年更新です。2013年1月号から、これまで通り「風の便り」の実物(ハードコピー)をご希望の方は、住所氏名を明記の上、郵送料と印刷費の合計(170円×12ヶ月):年間2,000円を事務局までお送りください。また、「メルマガ」をご希望の方は、その旨をメールでご連絡いただければ、送付名簿に登録します。
 誠にありがたいことですが、現在もなお、各地の現場にお招きいただき教育や養育に関するさまざまな刺激を頂いております。おかげさまで2012年は「風の便り」の記事の分析を掘り下げて「熟年の自分史」(学文社)と「生涯現役・介護予防の老年学」(S&D出版)の2冊を世に問うことができました。これからも精進を続けて、社会に関わって何らかの役割を果たしながら生きて参る所存です。
 しかしながら、季節が流れ、いかんせん筆者も歳をとりました。すでに日本人男性の平均の健康寿命を越えました。「老い」の定義通り、小生もまた「衰弱と死」に向かって降下を続けております。
 特に、この1年、自身の体力、集中力、持続力など「生きる力」の凋落を実感しています。メディアが報じる有名人の訃報の多くが自分の年齢に近くなって参りました。
 「生涯現役・介護予防のいろはカルタ」に書いた通り、「がんばろう、誰かが見てる、がんばれば、最後はあなたがあなたを見てる」の心意気で進むつもりですが、執筆の途中、不幸にして志半ばで倒れるようなことがあった時は、ご寛容にお許しください。
 誠に恐縮ですが、いただいた印刷・郵送料は小生への「香典」として頂戴し、倅に引き継ぎます。万一の場合の失礼は、謹んで事前にお詫び申し上げます。

編集後記:あの人はもういない

 曼珠沙華に励まされ、曼珠沙華に間に合うように「赤い老年学」を出版しました。「赤」は「朱夏」。「老兵は消え去るのみ」を拒否して、力尽きるまで戦う決意を示したつもりです。

赤々と整列したり曼珠沙華
君もこの花を好きたまうらむ

 散歩道でも、移動の途中でも、たくさんの曼珠沙華を見ました。最近、意識的に多くの方が植えて下さっているような気がします。川辺や田んぼの除草作業の人々も雑草の中から曼珠沙華を上手に残して刈ってくださっています。

子も孫も元気でいます曼珠沙華
彼岸に笑みて君立てる見ゆ

 新刊小冊子は、80ページ弱、「生涯現役・介護予防の老年学」と題し、曼珠沙華色の表紙にしました。「老兵」も戦い続ける宣言です。
 今回は思い切って文体を平易に変え、表現を短くし、章立てのページ数を減らし、前回出版の「熟年の自分史」以上に「文体改造」を実行しました。出来上がってみたら、自分の文章でないような気がしますが、「読みやすい」、「早くこういう風に書くべきだった」などと思わぬところでお誉めにあずかりました。執筆にあたっては、100冊以上の参考書を読んで勉強しましたが、前々号に書いた「森進一の教訓」を実践して、筆者の訴えたいことだけを繰り返して強調し、専門的な細部はすべて省略しました。自分が実際に実行し、守っていることだけを書きました。試しに読んでみたいとご希望の方は封筒に千円札を1枚入れてお送りください。次号の「風の便り」に同封してお届けします。