「風の便り 」(第144号)

発行日:平成23年12月
発行者 三浦清一郎

国際結婚の社会学-偵察読書

1 亡き妻の禁止事項
 
 部屋中に図書館の本を広げています。自分の頭の中を整理するための「偵察読書」です。いよいよ亡き妻の「禁」を破って「国際結婚の社会学-私たちが生きた日本と世界(仮)」を書き始める準備にかかりました。
 自分の人生を社会学的に分析することはもちろん初めての経験です。思い出も感情もあるので客観的に一定の距離を置いて過去を見ることができるか、試されることになります。プライバシーの領域を素材にせざるを得ないことに亡き妻は最後まで反対でした。しかし、日本の国際結婚は増えることはあっても、今後減ることはないでしょう。それゆえ、私は自分の見聞や経験を書き残すことは研究者としてある種の義務だと感じて来ました。
 机上に亡き妻の若き日の写真を飾っています。「調子に乗ってプライバシーに踏み込まないで!」、「自虐的な分析も、一方的な分析にも気を付けて!」、「最後は瑠麗さんに検分してもらいなさい」などの声が聞こえるようです。瑠麗さんは息子の妻で、政治学の若き研究者です。「書く時は最終原稿を瑠麗さんが点検を」というのが生前からの条件でした。

2 何を書くのか

 国際結婚を語ることは異質を語ることであり、異質を語り始めれば差別についても語らねばなりません。また、結婚は国際結婚か、否かに関わらず、生い立ちの環境の異なる二人が共同生活を始めることですから、「相性」、「適応」、「寛容」、「礼節」など自己主張の調整には、個人的な「徳」や「修養」についても語らねばならないでしょう。プライバシーに踏み込む心配があるのはそのためです。国際結婚には必ず言語問題:異文化間コミュニケーションの難しさも付きまといます。
 子育ては時に文化間で子ども観や子育ての目標や方法が違うので夫婦間の争いになります。
 子どもは混血で生まれて来ますから、彼らのアイデンティティは親の国家観とも子ども自身の国家観とも深く関係します。言語の獲得は彼らのアイデンティティの核心を形成します。彼ら自身が「自分は何者であるか」との問いに答えられなければ、彼らのアイデンティティは拡散してしまいます。
 男女共同参画が進んでも、性別のない「人間」にはなれないように、国際化やグルーバル化が進んでも、誰も「地球人」にはなれません。「地球人」はいまだドラえもんのセリフに留まっています。誰も無国籍の「地球人」など認めず、「地球人」のパスポートも存在しません。国家やそれぞれの文化が立ちふさがっているからです。
 それゆえ、好き嫌いの問題は棚上げしてでも、国家と関わり、自らのナショナル・アイデンティティを確立しない限り、人間との交流は不可能であり、差別ともいじめとも孤立とも戦えません。

3 「郷に入っても従えないもの」

「郷に入っては郷に従え」と言いますが、文化の相対性にも「限界」があります。日本の女性も(男性も)イスラム原理主義タリバンのように女性の教育も自由もほとんど認めない文化には同調できないでしょう。「郷に入っても従えないもの」はあるのです。
 結論的に、筆者は、日本人ですからアメリカのことは十分に分からず、国際結婚を通して日本文化を反芻し、日本人を考え、自分たちが生きた時代を考えるということになるのでしょう。
 山崎正和氏の「柔らかい個人主義の誕生」は、この20-30年で「やわらかい」どころか「ガチガチ」の「自己中」個人主義になりました。他人に無関心な「無縁社会」は自己中がもたらした社会です。“一切私に干渉しないで!”という個人情報保護法と“自分の欲求を手当たり次第人権に置き換えてしまう”「なんでも人権主義」がその象徴です。個人の国際結婚が増えたに留まらず、文化や社会の仕組みもそれぞれの状況に応じて国際化やグローバル化という名の国際結婚を遂げたのだと思います。
 土居健郎氏の「甘えの構造」は今や「わがままの構造」と呼ぶべきでしょう。日本文化が変質し、時には崩壊しているのです。日本人が最も得意とした仲間うちの助け合い、庇い合いは、同時に差別の原点でもありました。「内」に温かく、「外」に冷たい日本文化は、文化の国際結婚でどう変わって来たでしょうか。
 「無縁社会」のように、一律に、他者に対して無関心で冷淡な社会が来たということは、「内」と「外」の境界線が崩れ始めたということです。「無縁社会」では、日本文化が特徴とした「内」意識が崩壊しつつあるのかも知れません。ある意味では日本文化に置ける差別意識の根源を破壊する素晴らしいことかも知れません。

4 「内」の崩壊

 日本人は、自分を中心において、その周りに「身内」を置き、さらにその外側に「仲間内」、そして「組み内」、「ムラ内」を置き、最外円に同じ日本人ではないか、という「日本人の内」を置きました。
 もちろん、「内と外」を意識するということは、自分に近い人を大事にし、遠い人には冷たくしてもいいということです。「内と外」意識はその根本において「差別の原理」なのです。
 日本人は無知で無邪気に「外人」という表現を使いますが、「外人」とは、原理的に日本人の外の人という意味です。中世以降、差別支配のために創設された「非人」という概念も、被差別者を「人」に「非ず」として「人の外」に置いたという点で「内と外」の意識は貫徹していたのです。ひどい話です。お伽噺の「赤鬼」と「青鬼」も疑いなく外国人のことでしょう。
 しかし、無縁社会において、「内」の意識が希薄になりつつあるということは、周りとの関わりを巡って、自分だけが突出して、自己都合優先・他者無関心になったということですから、他者がみんな「外人」のようになったのかも知れません。みんなが「外の人」になれば、従来の「外人」に対するこだわりも薄れるでしょうから、ますます国際結婚が増加するわけです。これまでの「外人」が「内の人」になる可能性も出て来たということです。自分に一番親しい人々が外国人になれば、従来の「外人」が「仲間内」になるという日本文化にはあり得なかったことも起きるかも知れません。みんなが自由に自己中心的に振る舞うようになって、地域社会の住民はもはや同じ町内会の「組み内」や「ムラ内」の人ではなく、自分とは関係のない「外の人」になった以上、地域の崩壊は必然であり、「無縁社会」の到来も当然のことです。しかし、不思議なことですが、同時に、外国人を交えた新しい「身内」や「仲間内」もできる可能性が出て来たということです。

5 文化の変容-ライフスタイルの変容-コミュニケーションの変容

 恐らく「察し」の文化も弱体化し、「慎ましさ」、「遠慮」、「控えめ」、「奥床しさ」などの価値も衰退していることでしょう。「建前」と「本音」の落差は相変わらずでしょうか。根回しが消えていない以上、「表と裏」の使い分けも相変わらずでしょうか。
 欧米の児童中心主義の教育思想を無防備に導入した戦後教育はしつけも鍛錬も崩壊の危機にあります。国際化は自国の文化や風土とバランスを取りながら進めないと現在の幼少年教育のような状況を引き起こすのです。社会規範や責任意識を身に付けていない子どもの欲求を受容するということは、教育の自殺に近く、現代教育が生み出す子どもたちの逸脱行動や犯罪行為は教育公害とでも呼ぶべきものです。
 勤勉で礼儀正しかった日本の家庭教育は、自己都合優先の自己中文化が蔓延する中で、哀しいことですが、文科省が主導する「早寝早起き朝ご飯」のスローガンを生みだしました。このような文言が家庭教育復活のスローガンになったということは、日本の家庭がすでに「子どもの生活リズム」の管理も、「朝飯の準備」もできていないということです。家庭教育の多くが崩壊しているということです。にもかかわらず、日本の中央教育行政は「家庭の自主性」を尊重せよと、改正教育基本法に謳いました。これも文化の国際結婚が産み落とした日本型「自己中心主義」の結果です。
 こうした現象だけを取り出して、悪いことはすべて国際化や欧米化が日本文化を破壊したからだという年寄りも居ますが、国際化や欧米化で豊かな日本を選択し、その恩恵を受けて暮らしているのも年寄り世代ではないでしょうか。
 国際結婚の社会学、いよいよ来月号から本格的に書き始めます。

読書の幻想

1 読書のための読書の限界

 自分を鍛えず、他者を大事にしようとしない人間にとって、読書や説諭は物知りや口達者を育てることだけに終るだろうと予感しています。子どもの読書の大部分はそんなものです。
 かつて、多くの日本人は、学校に行っていなくても、1冊の本も読んでいなくても、日本も世界も知らなくても、やさしい人はやさしく、働き者は自分とみんなのために働き、律義者は約束を守り、責任を重んじます。それは実践と体験を通して培われたもので、読書や説諭が育てたものではありません。日本の教育界はいつから、読み聞かせや朝読を過信し、実体験を教えることを止めてしまったのでしょうか。無目的的な読書や情報環境の豊かさが規範意識や共感能力を育てることはできません。もちろん、体力も、我慢する力も育てることはできません。
 実体験を欠く子どもは、自分を知らず、他者を理解せず、自然を知らず、恐らく人生の豊かさも限界も知らないのではないでしょうか。暑さの中の労働を知らなければ、「滴り落ちる汗」は知りようもなく、挫折を知らなければ、「胸がきりきりと痛む口惜しさ」は分からないでしょう。
 情報環境を整え、間接体験を豊かにすることが教育であるかの如く勘違いすれば、共感や共存のできる子どもを育てることはできません。読み聞かせや読書が子どもの「豊かな心」を育てるというのは99パーセント幻想です。原理的に、万巻の書も一つの直接体験を越えることはできないのが人間の本質です。人間は「個体」で生きているからです。誰もあなたに代わって生きることはできないのです。

2 実践から一番遠かった時代

 若い頃から研究者を志したので沢山の書物のお世話になって今日まで来ました。しかし、大学院時代の仲間で作った「マスカット読書会(札幌の駅前通りのビルの地下にマスカットという喫茶店があり、若いウエイトレスが珈琲一杯で粘る私たち貧乏学生に寛容でした。)」のテーマは一貫して「実践」でした。学校で習ったことをネタに生意気なことを言っても、具体的には、世間に出て何もできない自分のことは自覚していました。仲間も同じでした。
 特に、筆者は、ものづくりの学部と違って、口先ばかりの教育学に嫌気がさし、一時本気で水産学部へ転部しようかと悶々としていた時代がありました。文科系の書物を信用しなくなった時代でした。60年安保の大嵐が過ぎ、学生運動の対立も激しくなり、大学は言うこととやることの落差の大きい人々に溢れ、「読書会」の少数の仲間の中にこもっている時代でした。口先の議論ばかりに明け暮れるのが「大学」なのだと分かるのはずっと後の事です。世界には未だ、爆弾テロのような大規模な殺傷事件はなく、啄木の「ココアのひとさじ」に共鳴するところのあった時代でした。
 必修の学校教育の大家の教授に、教育学は「実践的武士道」の足下にも及ばないという趣旨のレポートを出して、「不真面目である」といたく叱られましたが、最後まで教育学は口先の学問であるという主張は譲りませんでした。評価点は最悪でしたが、辛うじて落第は免れました。やがて始まる政治的イデオロギーにまみれた大学紛争の泥仕合を思えば、まだ多少の温情が残っている時代だったのでしょう。口先学問の宿命と思えば当然のことですが、教育学部は政治的イデオロギーの泥にまみれ、筆者は生涯母校と縁を切る決意をし、今も教育学部を母校とは思っていません。
 しかし、切ないことは、書物を信用しないにもかかわらず、読書会の仲間と読書を通じて語ることにしか活路を見い出し得なかった未熟な時代でした。ようやく筆者は一つの溝を飛び越える思いで子どもたち相手の私塾を開いたのです。私塾ではひたすら「礼節」と「言語」を鍛えました。

3 実践→読書→知識→認識→実践

 ジョンロック(*1)は人間の知識は本人の体験を越えることはできないと言いました。彼の経験哲学の結論だと思います。「痛み」や「死」は、人間が知識をもって太刀打ちできるものでないことは明らかだからです。人間の存在の個体性を厳密に考える限りロックの指摘は正しいと思います。
 しかし、読書や歴史学習を通して他者の人生を間接的に辿ることは、本人の目的意識が明確で日々の実践と平行する限り有益だと思います。逆に、目的意識も実践の場ももたない子どもたちには読書は大した実りをもたらさないのです。
 何のために読むか、という目的がはっきりしている場合、他者の体験を書物や映像を通して間接的に知るということは、当然有益です。間接体験が、自身の「体得」には成り得ないとしても、頭脳が「理解する」ことによって「体得」を補完することは大いにあり得るのではないかと思います。
 ルーズベルト大統領に仕えたトルーマン副大統領は当時の衆目の見るところ、政治のキャリアが乏しく、当然政治的体験も豊富ではなかったそうです。それゆえ、ルーズベルト大統領の死去に際して、トルーマンが大統領に就任した時、彼は、ルーズベルト大統領が戦時に見せたような強力な政治的リーダーシップを発揮できまい、というのが大方の予想だったそうです。
 ところがトルーマン大統領は第2次世界大戦の終結から朝鮮動乱に至る混乱の時代を極めて強力な大統領として辣腕を振るいました。膠着した朝鮮戦線で3度目の原子爆弾を使おうとしたアジア戦線の英雄マッカーサー元帥を解任したのもトルーマン大統領でした。
 彼の少年時代の逸話が残っています。彼はミズーリ州インデペンデンス市で少年期を過ごしたそうですが、14歳までにインデペンデンス市立図書館の本を全て読破したそうです。恐らく強烈な目的意識があっての集中的読書だったと思います。彼が何を考えて書物の知識をあさっていたかは分かりませんが、集中的で、広範囲な読書が彼の洞察する力や物事の背景を分析する力を養わなかった筈はないだろうとキングスレイ・ウォード(*2)は言っています。
 ウォードは歴史を読み、歴史上の人物の行為や発想を学ぶことは本人の直接体験とはならないものの、他者の人生を辿ることによって間接的にさまざまな刺激や教訓を得ることになるのであると指摘しています。人類史の長い間、学問と言えば歴史を学ぶことを意味して来たというのも、歴史上の人物・事物を間接的に体験すればそれが人間の認識力、理解力、分析力、洞察力に繋がるという人々の経験の蓄積があったが故であろうと思います。しかし、ロックの指摘通り、間接体験では人智の呼ばない分野もあることは確かではないでしょうか。
 筆者は日本人の最高の認識は「人の痛いのなら3年でも辛抱できる」という言-にあると言い続け、書き続けて来ました。人間が個体で存在する以上、他者に代わって生きることはできません。就中、生老病死は誰も代わることはできません。身体の痛みも代替不可能です。人生の苦しみや悲哀の大部分も他者に代わって追体験することは不可能でしょう。これこそが人間の認識の限界であり、また、救いでもあります。
 不幸や悲惨に満ちた世界で人間が生きて来られたのは、他者の痛みを痛いと感じなくて済んだからです。それゆえ、万巻の読書を積もうが、何年の学問を積もうが、どこかでおのれの直接体験を通して人生の喜怒哀楽について体験的に学ばない限り、他者の喜怒哀楽について共感する能力は育たないのではないでしょうか?
 私はこれまで子どもの成長には核になる人生体験があり、これらが欠ければ子どもの成長にひずみが出ると言い続けて来ました。それが「欠損体験」です。それゆえ、ある部分では筆者はジョン・ロックの生徒です。認識しただけでは実践者にならないことも学校教育や社会教育の現場で多く見て来ました。表題の実践-読書-知識-認識-実践は「右向き」の矢印(→)で循環的につなぐのが一番望ましいと考えていますが皆様のお考えはいかがでしょうか?
 子どもには実践を与えて下さい。その中で何が大事で何が必要かを悟る筈です。行動や実践が必要とする知識は読書の中から得られます。しかし、目的と動機のない読書は「物知り」をつくるだけに終るでしょう。

*1ジョン・ロック(John Locke, 1632年8月29日 – 1704年10月28日)はイギリスの哲学者で医者でもあった。アメリカ独立宣言、フランス人権宣言に大きな影響を与えた。彼の著作の大部分は1687年から1693年の間に刊行されているが、明晰と精密、率直と的確がその特徴とされており、哲学においては、イギリス経験論の父であるだけでなく、政治学、法学においても、自然権論、社会契約の形成に、経済学においても、古典派経済学の形成に多大な影響力を与えた。
*2 キングスレイ・ウォード(Kingsley Ward、1932-)
1932年カナダ生れ。会計事務所勤務の後、製薬関係を中心に企業経営の道に進む。 そのユニークな最初の著書、『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』(新潮社、1987)はミリオン・ セラーとなった。姉妹編に『ビジネスマンの父より娘への25通の手紙』、(新潮社、1988)がある。

日本人の「動物実験」!

1 取材の視点

 ある新聞社から電話インタビューが来ました。記者は男性でした。何か筆者の書いたものを読んだということでした。彼は現代の子どもに彼なりの危機感を抱いていました。それにしてもその危機感は具体性を欠き、「生きる力がないようですね」という程度のものでした。以下は、筆者が語ったことでしたが、分かってもらえたでしょうかね。彼は「ものの考え方」よりも「生きる力を鍛えているところはないか」と具体的な学校名や機関に興味があるようでした。なぜ、その学校がそうした鍛錬プログラムを導入したのかという原点が分からずに、彼はどんな記事を書いたのでしょうか。取材の視点こそが問題なのだということに最後まで気付かなかったのではないかと気を揉んでいます。

2 教育界には「貧乏」と「不便」に代わるものがない

 昔は「貧乏」と「不便」が子どもの直接体験を豊かにしました。労働も、我慢も、協力も、役割分担も、したがって日々の規範も、教育が教えたというより、「貧乏」と「不便」が教えたと言って過言ではないでしょう。だからといって、貧乏時代に戻れとは言いませんが、貧乏と不便に代わる教育的配慮がなされないかぎり、「働くこと」や「我慢すること」を育てる現代の子どもの直接体験を補うことは難しい、ということだけは確かです。
 こと実践や体験という視点から見る限り、現代の子どもたちは教育の3原則から遠く離れて育っています。教師も親も自覚が足りませんが、文明の恩恵は諸々の分野で子どもの直接体験の欠損をもたらしているのです。
 現代っ子は情報環境に恵まれ、親切な教師や、子ども思いの親に恵まれ、昔の子どもに比べれば安全で快適に暮らしていることは間違いありませんが、自然一つをとっても彼らの体験はあまりにも貧しくなりました。
 情報環境に恵まれているということは、間接体験の知識環境に恵まれているということです。しかし、人間性が変わらない限り、やったことのないことはできず、教わったことのないことは分からず、練習(体験)が少なければ上手にはならないのです。現代っ子は、間接的に言語や映像を通して様々なことを学んでいますが、直接体験とその反復が全く不足しています。行政の知恵者が「生活科」や「総合的学習」や「キャリア教育」などの概念を学校教育に導入しましたが、発想が中途半端であるため、全ての試みは学校が主導する大掛かりな「ままごと」ごっこに終っているのが実態です。
 現代っ子の体力が平均的にひ弱なのは、筋肉や心肺機能を十分に働かせていないからです。スポーツ少年を除けば、現代っ子の肉体を鍛える体験は極端に不足しています。
 「児童中心主義」の発想や子どもの欲求と子どもの人権を同一視する発想が日本を覆い尽くして、鍛錬の思想は教育界からほぼ「追放」されてしまいました。「よく頑張った」という視点より「可哀想だ」という視点が優勢になり、「全員ここまで頑張れ」というより、「それぞれできる範囲で努力しなさい」という視点が優勢になったということです。子どもの自由意志に任せて幼少年期の鍛錬ができる筈はないのです。
 教育における子どもの自由度が増した結果、我慢ができない、困難に堪えられない耐性の低い子どもが氾濫しています。
 現代の教育は人間が「快楽原則」で動くという単純な事実さえ見落としているのです。しなくてもいいのに誰が苦労して辛いプログラムを選ぶでしょうか?
 苦労している保護者には誠に気の毒なことながら、子どもの不登校やその他諸々の社会的不適応の主たる原因はあなたの子どもに幼少期の鍛錬が不足しているからです。鍛錬が不足すれば、子どもは「楽をして」育ちます。楽をして暮らせば、行動耐性も、欲求不満耐性も育たず、あらゆる些細な不自由や困難が子どもの日常の苦しみに変わるのです。我慢のできる事はすでに苦しいことではなくなるのに、我慢の能力が低いが故にあらゆる不満が苦痛に変わるのです。我慢は能力なのです。我慢の基準の低いことこそが日本の家庭教育の基本問題です。
 また、現代っ子に、規範が身に付いていないというのも、彼らが、ルールや責任の分担を「強制」される教育的環境に置かれた経験や時間が足りないからです。何よりも自分を含めた人間の痛みに触れたり、苦しみや困難を分かち合う実体験が少ないからです。現代幼少年教育は、「貧乏」と「不便」に代わる教育的プログラムを発明して、幼少期に強制的に与える必要があるのです。
 しかし、現在、「自分の時代」が来て、誰よりも自分の主体性が大切になりました。半人前の子どもにすら「自己決定権」を与えています。個性の時代が来て、「みんな違ってみんないい」というような子どもの未熟な現状を肯定する愚かなスローガンが世間を席巻しています。
 子どもの人権と欲求を混同する時代が来て、子どもの賛同が得られなければ教育ができない状況を生み出しました。彼らは「きつい、辛い、面白くない、嫌だ」を連発して、事実上、教育上の「拒否権」を行使できる結果になっています。今や、保護者も学校も、何一つ鍛錬や直接体験を強制することは出来ないでしょう。子どもという発展途上にある霊長類ヒト科の動物が、自然も知らず、我慢も知らず、労働も知らず、共同も知らず、直接体験を通した各種の社会的トレーニングも通らず、人生の核になる体験を欠損した時、どんな人間に育つのか、日本人の「動物実験」が始まっているのです。

「生涯学習」か、「生涯教育」か
-非生産的な議論が続いている―

アメリカ北カロライナ州ウインストンセーラムにあるWakeforest 大学の図書館に坐ったことは前号に書きました。急ぎ足で調べものをした中で相変わらず生涯学習か、生涯教育かの議論をしている参考書を見つけました。書名はThe Oxford Handbook of Lifelong Learningです。編者はManuel Londonで、2011年にOxford Pressから出版されている最新版です。ハンドブックですからいろいろなトピックを網羅しているのですが、その中に標記の議論のまとめが紹介されていました。筆者の結論は、公金を使うものは基本的に生涯教育、個人が自由に学ぶものは生涯学習というように大雑把に両方を使い分ければいいではないか、というものです。生涯学習概念の方が広いので、本書のタイトルは「生涯学習ハンドブック」となったのだと思います。また、この「風の便り」も公金を使っていないし、筆者が思いつくままに人々の学習を論じているので「生涯学習通信」と呼んでいます。
 逆に、従来の社会教育は社会が必要とする教育を判断して公金を投入し、予算化しているわけですから、生涯学習ではなく生涯教育とすべきだと主張して来たのです(参照:未来の必要、学文社2011年)。
 欧米もまた非生産的な議論を延々と続けているのです。今回は上記ハンドブックの第2章を担当したポール・ヘイガー((PaulJ. Hager)の「生涯学習の定義と概念(Concepts and Definitions of Lifelong Learning)」から議論の論拠をかいつまんで紹介しておきます。

1 「生涯教育」説

 生涯学習概念の問題は、学習を強調することによって「教育」の基本を曖昧にしてしまうことです。教育の必要は社会が判断するものであって、「恣意性」を排し、ある意味では本質的に「排他的」であるべきものです。人々が選択する「学習」が全て望ましいというわけではないことは明らかでしょう。迷信や思い込みや、差別や偏見を始め、人々が一度学んでしまったものを「学習解除(unlearning)」する必要があることが何よりの証拠ではないでしょうか。
 それゆえ、教育は社会が提供すべきと判断した組織的で、選択的な学習を促すもので、何を学んでもいいということにはならないのです。
 もちろん、成人教育は、形式に囚われる必要はなく、正規の学校教育以外のnonformal(不定型の)学習でもinformalな学習(個人学習)でもいいのですが、学習の必要を誰が推奨したのかという教育主体を明確にして、責任の所在を明らかにしておくべきです。
 これに対して生涯学習概念は、自動的にすべての責任を学習者に負わせることになります。学習者は「消費者」と同じ取り扱いになり、「市場」任せにならざるを得ません。政治や行政は、人々のインフォーマルな学習に干渉せず、またすべきものでもありませんが、生涯教育が人々の自由で気ままな学習と同一視されれば、公教育として公金を投入する根拠を失うことになるのです。

2「生涯学習」説

 成人の自由な学習に「教育」概念を持ち出せば、人々の学習が既存の制度的な教育システムの中に閉じ込められてしまうことは明らかです。それは「教育の帝国主義」とでも呼ぶべき現象です(Chris Duke)。教育が社会的制御のメカニズムに組み込まれ易いことは過去の歴史で明らかであり、政治の干渉を招き易いことも明らかです。また、生涯学習概念が自由な発想を保障するのに対して生涯教育概念は人々を極めて不平等・不公平な現状維持の教室に閉じ込めてしまう結果になります。その結果、多様で、創造的で、個人的な関心に基づく学習を無視するということが起こるのです。

3 なぜ両論併用ができないのか

 公園やスポーツ施設を作るのは不特定多数の人々の関心や欲求に基づいています。図書館や博物館や美術館は、より生涯学習発想に近い人々の文化的関心や欲求に基づいています。もちろん、誰一人これらの機関の活用を強制はしません。利用したい人が利用すればいいというのが原則です。
 しかし、高齢者の健康教育のプログラムや、差別防止や男女共同参画の推進に関する教育プログラムは公園や美術館とは社会的ニーズのレベルが違います。公園を活用しなくても、美術館に行かなくても、直接社会の停滞に結びつくことはないでしょうが、高齢者の健康教育に失敗すれば、高齢者の活力が損なわれ、国家の財政負担が増すことに直結します。結果を見れば、学ぶも学ばないも自由です、ということにはならないのです。自由に学ぶだけでいいと宣言した瞬間に、人々は「負荷の大きい」学習から遠ざかるでしょう。人間は基本的に楽しいことややりたいことを追求して、快楽原則で動く生き物ですから、特別の動機付けや呼び掛けをしない限り、「必要な学習」でも、自らの「快楽欲求」を満たす条件がなければ動きません。学習の必要や理由が正しくても、負荷が大きければ選択しません。だから、「自由な楽習」ではなくて、「必要な教育」にせざるを得ないのです。
 しかし、「社会的必要」と判断される以外の「楽習」は人々の選択に任せて放っておけばいいのです。箱もの行政の日本は、公園と同じように生涯学習施設を山ほど作っているのですから、公園と同じように、自由に自己負担で使ってもらえばいいのです。公園の楽しみ方を規制する必要がないように、くれぐれも生涯学習施設を窮屈な管理システムでがんじがらめにしないことが大事なのです。
 要するに、両論を併用すればいいのですが、日本ではすでに生涯学習概念が国の政策概念に採用され、公教育としての社会教育の必要を駆逐してしまいました。それゆえ、日本では、当面、意識的に教育政策を変更して、生涯学習から生涯教育に重点の置き方を修正する必要があるのです。

144号お知らせ
* 公開「Volovoloの会」-ふるってご参加下さい

 今回の「Volovoloの会」は山口市の「おごおり熟年集い塾」の重村太次代表(前会長)、「豊田ほたる街道の会」柴田俊彦常任理事(現会長)が相談され、合同企画といたしました。
 現代の地域社会が当面する諸課題の解決には、活動を支える支援組織と他団体との協働が不可欠・有効と考え、地域を限定せず、一般公開の研究会とし、広く山口県内外から志のある方々のご参加を呼び掛けることといたしました。つきましては、「風の便り」の読者の皆様の目の届く範囲で、それぞれの地域、それぞれの活動現場から新たな人材をお誘いの上、ご参加いただければ誠に幸いでございます
テーマ:地域を学び、人々をつなぎ、新しい地域を創る-無縁社会における「地域学」の意義と役割-
合同企画:主催 豊田ほたる街道の会&おごおり熟年集い塾
共催:西市地区生涯学習推進委員会&Volovoloの会
日時:
一日目:平成24年1月21日(土)13:30-16:30
二日目:平成24年1月22日(日)9:00-11:30
会場:豊田町道の駅 蛍街道西ノ市(下関市豊田町大字中村876-4、電話 083-767-0241、 HP toyota‐hotaru.com)

第1部:1月21日(土)、実践事例研究-地域学習は何を目指し、何を生み出したのか?
      司会 生涯学習通信「風の便り」編集長 三浦清一郎
1 郷土史学習-地域課題の診断-地域創成の実践の同時進行(下関市)
楢原ゆうあい会事務局長 柴田俊彦
2 郷土の歴史講座は市民のネットワークを形成できるかー1コイン歴史講座の軌跡と成果(仮)(山口市)
おごおり熟年集い塾代表 重村太次
3 上関郷土史研究会の地域おこしの原理と方法(上関町)
かみのせき郷土史学習にんじゃ隊 事務局長 安田 和幸 
第2部 1月22日(日)18:00-20:00
懇親・交流会
会場: 一の俣温泉 グランドホテル(下関市豊田町大字一ノ俣15、電話 083-768-0321、 HP iichinomata.co.jp)
会費:交渉中
第3部
二日目:平成24年1月21(土)9:00-9:50
基調提案:無縁社会における地域学の意義と役割-新しい「縁」の創造-
月刊生涯学習通信「風の便り」編集長 三浦清一郎

第4部 二日目10:00-11;30
女性現場人のリレートーク:
地域に何を求め、どう関わり、何を生み出そうとするのかー
司会:九州女子大学 大島まな
登壇者:(交渉中)
学童「保教育」の試み     井関元気塾、主任指導員 上野敦子(山口市)
「高齢社会をよくする下関女性の会」の介護予防実践    代表 田中隆子(下関市)
廃校を活用する地域支援ネット「かぜ」   事務局長 田中 時子(岩国市)
ご近所福祉iitokoメイト             主宰 藤本詔子(宇部市)

* 問い合せ先
実行委員会 柴田 俊彦
〒750-0422 下関市豊田町楢原39
電話 083-766-1397
e-メール sbtt88@ybb.ne.jp

事務局長  赤田博夫 山口市立鋳銭司小学校気付 
住所 〒747-1221 山口県鋳銭司4010、電話・ファックス083-986-2609
e-メール akada_2101@yamaguchi-ygc.ed.jp

* 2012年の最初の「生涯教育フォーラムin福岡」は1/28日(土曜日)です。山口の勉強会に続きますが、第31回中国・四国・九州地区の生涯教育実践研究交流会の第1回実行委員会とフォーラムを抱き合わせにして同日に行う予定です。
* 例年通り、大分のフォーラムは2月の最終週末(2/25-26)に行なわれる予定です。

「香典」か、「風の便り」か(更新のご案内-第2回)

 小生志半ばにして倒れたときは、郵送料・印刷料は香典の代わりとお諦め下さい、と前回お願いいたしました。「縁起でもない」、「何を弱気な」とお叱りが届きました。ありがたいお言葉ですが、小生至ってまじめです。香典はいりませんので「風の便り」をご支援下さい。
 「風の便り」は、社会教育の実践を繋ぐ現場報告、各地の研究の集いの分析報告、小生の晩学の証、古希を過ぎた高齢者の老衰への抵抗の証、社会教育で巡り逢った方々相互の「無事の便り」等々多様な実験の思いを秘めております。そして山口、大分、愛媛、広島、長崎など各地に生まれた生涯教育実践研究交流会は続くのか、「継続の力」は果たして世間の伝説に成り得るか、2020年に戦後生まれが75歳になる「高齢者爆発」を日本は乗り切れるのか、等々の観察も実験の内に含まれています。
 小生、一人暮らしを始めて1年、寂寥を友とし、孤独や孤立と戦い、「縁起かつぎ」などもとより捨ててかかっております。「香典代わり」は「弱気」ではなく「覚悟」のつもりです。
 死んでからの香典より、生きてあるうちの「風の便り」です。小生「ぶれ」てはおりません。第2回の更新のごあんないです。

§MESSAGE TO AND FROM§ 

 師走です。あっという間の一年でした。更新のご案内を差し上げたところ各地から胸に沁みるお便りを頂戴し、我が身の果報を噛み締めております。ありがとうございました。年末はいつものことながらご返事が書き切れず断片的なお便りになりますがお許し下さい。時間がますます足りなくなって来ました。我が晩学への思いに殉じて、年末年始は自宅に籠って参考書を読みたいと思います。

東京都 池田和子 様

 いただいた佐藤春夫の詩、心にしみました。
「ひとりにて生まれたれば、ひとりにて生く」を心して実践します。

福岡県築上町 雨宮一正 様

 ご活躍のことお聞きしました。ご同慶のかぎりです。後に続きたいものです。奥様への送付の件も確かに承りました。来年もまたがんばって書きます。

福岡県宗像市 姫野澄子 様

お便りに吹きだしました。どうぞ風変わりな読者をお続け下さい。亡き妻が皆様とブリッジをやりたかったろうと思うことがあります。

長崎市 藤本勝市 様

 ひとり暮らしに慣れ、日々静寂を友とするようになりました。「為すべきを為

さざれば、かならず悔いあり」と壁に書いて貼っております。
これまで関わった皆様に支えられ、人生で一番いい季節を生きていると思うようになりました。

神奈川県葉山町 山口恒子 様

 お便り心にしみました。2012年は「不帰(III)」を出します。最新の自分史作法の著作で論じた「詩歌自分史」にして見たいと考えております。「国際結婚の社会学」にも着手します。

過分の郵送料をありがとうございました。有意義に使わせて頂けるよう勉強に集中します。

山口県下関市  永井丹穂子 様
神奈川県葉山町 山口恒子 様
福岡県宗像市  竹村 功 様
同       賀来 はつ 様
東京都     池田和子 様
大分県日田市  財津敬二郎 様
長崎市     藤本勝市 様

編集後記
もの言えぬ友

 胸の深いところに咳が巣くって風邪が中々抜けません。こうした時、一人暮らしはどことなく心細く、日々を「養生」と「意志」の間を行ったり来たりして過ごしています。もの言えぬ忠犬カイザ―とレックスに助けられています。

起きいでて 腹をすかして 正座して
吾待つ子らの 健気ならずや
吾病むと知るや知らずや
お日様だ 上天気だと
はしゃぐこの子ら

もの言えず 
右と左に寄り添いて吾を支える 
いとしからずや

がんばる詩

がんばれがんばれと励まして
がんばるがんばると自分に言う

がんばることを褒められて
がんばることをしつけられ

がんばることが美しく
がんばった後がさわやかで
がんばり甲斐を見つければ
がんばったことが誇らしく
今日もがんばって生きるのです

がんばれがんばれと自分に言う
がんばれがんばれと犬にさえ言う

がんばったね、と言われたくて
あなたが見てると思いたくて
今日ももう少しがんばります
がんばった日は飯がうまく
がんばった夜はよく眠り
がんばった人生は満足があるだろうと思うのです
今年も一年ありがとうございました
「風の便り」は13年目に入りました